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        <title>地域の元気講座～NPOフュージョン研究所所長日記～</title>
        <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/region/</link>
        <description>【by 中庭光彦】 地域を元気にするための、地域の実情、地域コーディネーターの役割と育成のヒントを続々更新。</description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2012</copyright>
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            <title>共有資源管理の思想</title>
            <description><![CDATA[<p>■専有資源管理から共有資源管理へ<br />&nbsp;今回のブログが最終回。１年半にわたりおつきあいいただき、ありがとうございました。</p>
<p><br />&nbsp;このブログでは、難しいことは書かずに、ありふれた地域の暮らしエピソードを書き連ねてきた。頭の 引き出しを散らかしたような９７個のコラムに、「実は一貫した考え方を込めていました」などと書いて も、どれだけの方が信じてくれるだろう。<br />&nbsp;それは、共有資源管理の思想。<br />&nbsp;いま一番必要なものの見方だ。<br />&nbsp;地域活性化、商店街振興、水資源管理、副業の必要性、観光マネジメント、景観、コミュニティビジネス、企業雇用のありかた、資源、発見、物語・・・いろいろなケース・考え方をこれまで紹介してきた。それらほぼすべてが、資源（自然資源、人工資源、人的資源）を何人もの人々で共同所有したり 共同利用したりするありさま、あるいは、そういうありさまが成り立つために必要なライフスタイルや制度、論理や倫理といった条件に関係している。<br />&nbsp;なぜいま共有資源管理なのか？<br />&nbsp;それは、日本の近代、中でも戦後高度成長期の開発を支えてきた秘密の一つが、個人・法人の排他的財産権を認めた上で、その自由な取引で自分も社会も豊かになろうという「専有資源管理」と呼べる考え方にあり、それらが機能しなくなってきているのが現在の問題と考えているからだ。</p>
<p><br />■湧き水に譬えると<br />&nbsp;例えば一つの湧き水があったとする。ある企業家がこの水が湧く土地を買い取ってそば屋を開いたり、プールをつくったり、ボトリングして売り出したりするとしよう。湧き水の利益はすべて企業に帰属し、その後に分配を考える。枯渇するかもしれないが、そのために使用量制限があるわけではないので、どんどん使う。<br />&nbsp;このような企業家を批判する理由はいくつも考えられるだろう。湧き水を過剰揚水したら、下流の地下水利用者が 迷惑するのではないか、とか、広域の水を使っているのだから売上げのいくらかを地下水涵養に協力してくれる人々に広く分配すべき、等々。<br />&nbsp;しかし、もう少し本質的に考えると、湧き水資源を専有して利益を獲得するモデルが成立するのは、生み出された付加価値に対して一定の顧客数が見いだせる場合だ。ならば、人が少ない場所、人口が減少しつつある場所、嗜好が変わり一サービス・商品当たりの顧客数がコストを回収できるほど多くない場合はどうしたらよいだろう。その場合には、いろいろな企業家が湧き水の水源を共同利用して、利益は少ないが多様で小規模な水事業が多数起こった方が地域にとっては有益だろう。企業家にとっても負担すべきコストやリスクが分散されるため有利なはずだ。<br />&nbsp;専有から共有へ。これが時代の求めだと私は考えている。</p>
<p><br />■サラリーマンも・・・<br />&nbsp;専有から共有資源管理へ。この流れは水だけではなく、あらゆる資源に応用できる。人間だってそうだ。企業の正規雇用という形で企業が社員の労働力を専有したサラリーマンという形態は、高度成 長期には合っていた。しかし、いくつもの専門能力を持っている人間を、多数の企業や人々が活用しようとすると、サラリーマンの正規雇用という制度はかなり障害になる。<br />&nbsp;むしろ国民全体が正規雇用だが、いくつもの副業が可能であるような雇用制度の方が望ましい。<br />というように、共有資源の観点はいくつものケースに応用できる話なのだ。<br />&nbsp;共有資源管理とは、新たな人々がどんどん参入し、資源を多様なニーズに合わせて利用しつつも、 資源そのものは枯渇しないように使いながら管理するマネジメント手法といっていい。</p>
<p><br />■最後に<br />&nbsp;このような考え方をもった人々の動きは、本人たちが意識しているかどうかは別として、連携とかＮＰＯといった様々なまちづくりの動きに現れつつある。でも、現状を見ると、私には二つの点が心配だ。<br />一つは、共有資源管理を担う市民側の人々の専門能力が求められる課題に追いついていない点だ。必要なのは多数のアマチュアではなく、多数のプロフェッショナルだ。連携の質とは、つまるところ共有資源管理の考え方に共鳴し、かつ、一人ひとり専門能力をもっているということにつきる。百姓という言葉は、百の（多くの）仕事をできる人と紹介してくれた網野善彦氏の言葉が頭をよぎるが、実は多くの専門的な仕事をできるがゆえに成果を出せる能力のことをプロフェッショナリティと呼ぶ。暮らしの現場にもたくさんいるプロフェッショナルを私は支えたい。<br />&nbsp;二つ目は、「資源をみんなで守る」という目的と、「互いに切磋琢磨（競争）する」という行為は対極に あると思っている人が多いことだ。実際にはそんなことはない。先の湧き水の例に戻ると、湧き水を新たな参入企業家たちによって共有しても、10 年たってもメンバーが同じで新規参入者を拒むというならば、湧き水利用権が既得権益になっただけということだ。常に、新規に参入者が生まれ、適正な合 意形成を重ね、資源を活用していく。これこそが利用者が減少する中で資源を効率的に利用し、持続 させる鍵なのだ。競争と協力を両立させる制度の条件とは何か？これも解かねばならない私の課題だ。<br />&nbsp;こんなことを考えながら世の中を見ると、いまは大きな変動期であることが実感できる。<br />&nbsp;この半世紀の間にできた「専有資源管理」の常識を作り替えていくことが私の仕事ということです。<br />&nbsp;それではみなさん、またどこかでお会いしましょう。感謝。</p>]]></description>
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            <pubDate>Wed, 24 Mar 2010 13:32:15 +0900</pubDate>
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            <title>機能と形態は別のもの：柳宗悦の目で見る商店街</title>
            <description><![CDATA[<p>■井戸と水道、機能と形<br />&nbsp;前回は井戸のことを書いた。そこでこんな質問をしてみよう。<br />&nbsp;井戸と水道の違いは何か？<br />&nbsp;井戸は穴に溜まった地下水を、つるべやポンプでくみ出す。水道は川から取水され衛生的&nbsp;となった水が蛇口の栓をひねれば出てくる。何から何まで違うように見える。<br />&nbsp;でも、井戸も水道も、飲み水や洗い水を提供しているという点では共通だ。人間の暮らしに果たしている機能は共通なのだが、その機能を実現する形態が井戸から水道へと進化したとも言える。<br />&nbsp;このように、機能と形態は次元が異なるものと見なければならない。この二つは、時が経つにつれて変化する。例えば、飲み水を提供するという機能は変わらないが、明治10 年代後半にコレラが流行すると、ただの飲み水ではなく、衛生的な飲み水を提供する機能が求められるようになった。あるいは、火事を消す水として使うために、圧力をかけた水が求められるようになった。機能そのものが変 わることもあれば、新たな機能が付け加えられることもある。</p>
<p><br />■機能が変わると形も変わる<br />&nbsp;求められる機能が変わると、形態も変わる。水道で言えば、開渠で導水されていた井戸水が、衛生 的な水を圧をかけて配水するために鉛の管で送られるようになる。最初は共同栓が設けられ利用者 は栓から水を出す「鍵」が配られたが、すぐに各戸に蛇口がつけられるようになる。そうなると、井戸は使われなくなり、蛇口が主に使われるようになる。そして、井戸の副次的機能だった井戸端会議は、だんだん無くなるようになってくる。<br />&nbsp;そして、現在はトイレや風呂、洗濯など全ての生活シーンで水道が使われるようになり、一世帯一日 ２５０リットル使う生活が、タワーマンションの最上階でも当然になっている。<br />&nbsp;水道の形態は大規模になってくるし、維持コストも下がらない。<br />&nbsp;井戸と水道の違いといっても、機能と形態を分けて考えれば共通する部分もあれば、異なるところもある。そして、機能と形態がうまく調和している場合もあれば、ミスマッチの場合もある。このような見 方に立つと、目的と機能に形態がマッチしていること。これが過不足無く満たされている時、そのモノは美しい。</p>
<p><br />■商店街の用の美<br />&nbsp;ということを踏まえて、では、これが水道ではなく商店街だったらどうなのだろうと思うことがある。<br />疲弊した商店街をシャッター通りと呼ぶ。シャッターが閉まった店は、もぬけの殻になっている所もあるが、多くはそこで店を営んでいた人が暮らしている。店舗機能が成り立たなくなったため住宅機能として使っているわけだ。<br />&nbsp;それまで商店街が果たした販売機能を、今は郊外店が果たしている。機能の担い手が替わったわけで、現に、靴屋、時計屋、衣料品店、乾物屋、雑貨屋、駄菓子屋、等々は姿を消し、そこで扱った 商品を郊外店や１００円ショップやユニクロが提供している。<br />&nbsp;私は商店街に新たな機能を発見したり加えることには大きな意義があると思っている。<br />&nbsp;でも、顧客が求めている「機能」を考えずに、ただ昔の商店街という「形態」を再興しようとする動きに は疑問を感じている。と同時に、個店と客の取引の場であったという商店街の最も大事な機能を省みず、結果である「賑わい」とか、商店街がもつコミュニティ醸成機能といった、大事だけど二番目とか 三番目ぐらいの重要度しかもたない目的を持ち出して、かつての商店街の形態を取り戻そうという動 きにも違和感がある。<br />&nbsp;唐突かもしれないが、民芸運動の主唱者であった柳宗悦が工芸物（人工物といってもよい）の機能 と形の一致性に美が宿ることを「用の美」と表現した。商店街という人工的な環境をみんなでつくっていく際のデザインコードが「用の美」という言葉からくみ取れるのではないだろうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><a href="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100317.jpg"><img class="mt-image-none" height="214" alt="20100317.jpg" src="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100317-thumb-300x214.jpg" width="300" /></a></span></p>
<p>&nbsp;自宅すぐ近くにあった２階建てのデパート（東急池上線雪が谷大塚駅）。1999 年の写真だが、60 年 代からあった。その後取り壊され、今はマンションになっている。いくつかの店は、マンション１F で営 業を続けている。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/region/2010/03/17/2260.php</link>
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            <pubDate>Wed, 17 Mar 2010 09:49:35 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>井戸管理の経験は水道に応用できるか？</title>
            <description><![CDATA[<p>
<p>■目につかない井戸<br />&nbsp;最近ＮＨＫ番組の「ブラタモリ」をよく見ている。「タモリクラブ」を見ている人ならご存知の通り、タモリは鉄道ファンだけではなく、水についてかなりの知識をもっている。<br />&nbsp;その証拠に、番組内でまち歩きをすると「ブラタモリ」でも「タモリクラブ」でも必ず川、用水、井戸などを気にしていることがわかる。<br />&nbsp;町歩きで水を気にするという点では、司馬遼太郎もそうだった、と推察している。『街道をゆく』シリーズには、随所に川、用水、土に関する記述が出てくる。それゆえに、そこがどんな風土なのか想像がつく。<br />&nbsp;さて、「まちの水」で明治時代にはたくさんあったが、いまは目につかなくなったものがある。<br />井戸だ。</p>
<p></p>
<p><br />■井戸組<br />&nbsp;今でも井戸水を使っている家はけっこうあるし、保健所が衛生管理の立場から管理している。防災井戸にもなる。<br />&nbsp;ただ、水道が普及したために、表に出なくなっただけで、昔からある家には残っている所も多い。<br />&nbsp;井戸掘りにはたいへんな手間がかかる。一人二人、あるいは家族だけで掘り抜くのは大変だ。いきおい、近所の数軒で井戸を掘り、その後の維持管理も一緒にやろうということになる。これが井戸組で、多数の場所で井戸組があったそうだ。</p>
<p><br />■近江八幡の井戸管理<br />&nbsp;井戸といっても、地下水がわき出る井戸と、江戸時代の上水の給水栓の役割を果たした井戸の二つがある。後者は、竹などでつくられた樋で地下水や川からの水が運ばれてくる。<br />滋賀県近江八幡は安土桃山時代から上水道がつくられた城下町で、現在の市内には当時の給水栓である井戸が残っている。<br />では、ここで問題だ。下の写真にうつっている、柄の長いツルハシのような道具は何に使うのかわかるだろうか？</p>
<p><a href="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100310a.jpg"><img class="mt-image-none" height="224" alt="20100310a.jpg" src="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100310a-thumb-300x224.jpg" width="300" /></a><br />&nbsp;これは、近江八幡市の資料館に展示してあったものだ。<br />&nbsp;言葉で書くのが難しいので、正解は、下の写真を見てもらいたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><a href="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100310b.jpg"><img class="mt-image-none" height="224" alt="20100310b.jpg" src="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100310b-thumb-300x224.jpg" width="300" /></a></span></p>
<p>「馬」という道具で、井戸掃除の時に樋をふさぐための道具なのだ。今でも、老朽化した水道配管を取り替えるために、一時断水することがあるが、似たようなものだろう。こうした維持には当然のように費用がかかる。井戸組で使った費用を記した帳面も残っている。<br />&nbsp;現在の水道も、近江八幡の井戸も、利用者や都市住民に果たしている機能はそれほど変わってい ない。しかし、その機能を実現する形態は、井戸から、衛生的で圧力を有する水道に変わり、コストも 膨大となった。中でも大きなコストとなるのが、老朽配管を取り替える作業だ。横浜市水道局では80 年かけて配管を取り替えると言うが、それができる横浜市は幸福な例で、地方の水道局は大変だ。<br />&nbsp;税収が少なくなる中、新しい配管を埋め続けるという発想はどこか無理がある気がしてならない。<br />&nbsp;かつての井戸の共同管理を水道に応用して「水道の分散管理」ということが可能なのか？<br />&nbsp;あまりにもリスクが大きい気がするが、考えてみるに値する課題ではないだろうか。</p>]]></description>
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            <pubDate>Wed, 10 Mar 2010 10:00:34 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ワンセグ視聴率は７割以上？浅田真央vs.キムヨナ</title>
            <description><![CDATA[<p>■キムヨナはすばらしかった<br />　私はスポーツにはほとんど興味が無い。唯一熱心に見ているのが箱根駅伝ということで、まぁ、スポーツを興業として楽しんでいる節がある。<br />　そんな私でも、バンクーバーオリンピックの女子フィギュアは楽しめた。点の取れる選手、取れない選手、素人目に見ても違いがわかるからだ。ジャンプだけではなく、表情、手の使い方、スピード、すべての点でキムヨナはすばらしかったなぁ。何度も見てみたい。</p>
<p><br />■ワンセグ視聴率<br />　さて、今日のお話しはその女子フィギュアの決勝戦時の話。日本では2 月26 日（金）。13時頃からＮＨＫの放送は始まっていた。私は仕事があるので、テレビスイッチを切り、13時10 分頃に家を出て駅に向かった。<br />　するとどうだろう。駅に近づくと、実に多くの方々が携帯を見ながら歩いている。話しているのでもなく、メールをしているわけでもない。みなさん、ワンセグ放送で決勝戦を見ていたのだ。<br />　この状況は電車に乗っても同じ。東急池上線のシートに座っていた12 名の内、8 名がワンセグ視聴者だった。そして、私自身もワンセグ視聴していたから9 名だ。<br />3 月1 日のニュースには、最高瞬間視聴率46.2 パーセントとあったが、これは家庭のテレビ視聴率。ワンセグ視聴率まで含めるともっと高かったのではないだろうか。</p>
<p><br />■視聴行動で広告を判断できない<br />　これまでのマス媒体の大雑把な視聴率調査があまり役に立たなくなってきていることは以前から指摘されてきたが、それが現実になっていることがよくわかる。<br />　視聴行動といえば、私は最近、テレビ番組をＤＶＤでとりためて見る。こういう人は多いと思うのだが、この利点は、ドラマを見て、ＣＭになったらスキップすることができることだ。このような見方をされては視聴率はそのままでも、ＣＭは見てもらえない。ふんだりけったりだ。<br />　また、ある友人は、奥さんと寝室を共にしているのだが、寝室のテレビは友人が見て、その間、奥さんはワンセグで別の番組を見ているという。老眼だからワンセグの画面を顔に近づけて見た方が見やすいのだという。<br />　テレビも「一家に一台」から「一部屋に一台」となり、いまは「一人一台」となりつつある。<br />だからかどうかわからないが、最近はスポンサーがＣＭではなく、番組の中に埋め込まれて登場する。例えば、三井不動産が提供している『空から日本を見てみよう』（テレビ東京系、木曜日２０時）は、まち好きには結構おもしろい番組で、空撮風景が映され、象徴的な建物を紹介していく。その空　撮風景に、「青山学院」とか「表参道」とかインデックスがつくのだけれど、それと一緒に三井不動産が手がけていると思しきマンションの名前が全部出てくる。<br />　ここまでくると「広告代理店の営業さんは大変だろうな」と妙に同情したくなるが、番組スポンサーが個人視聴者にターゲットを絞り始めると、テレビの風景はだいぶ変わるし、何より広告産業の業態が大きく変化するはずだ。インターネット広告の扱い高が2 年前に雑誌広告を抜き、先月は新聞広告高を超えたというニュースは、それを示すものだろう。</p>]]></description>
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            <pubDate>Wed, 03 Mar 2010 15:40:22 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>江戸時代の水争いの教訓が、市民ミュージカルで伝えられる</title>
            <description><![CDATA[<p>■柳川からの便り<br />&nbsp;「柳川水の会」のメンバーの堤さんから、ある便りが届いた。堤さんは柳川の水を守るためにがんばっている若手なのだが、昨年夏にお会いした後、ごぶさたしていた。<br />送られてきた封筒を開けると、中から「筑後市民ミュージカル東京公演彼方へ流れの彼方へ」の案内 パンフレットが出てきた。<br />それが、これだ。</p>
<p><br />
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100224.jpg"><img class="mt-image-none" alt="20100224.jpg" src="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100224-thumb-200x286.jpg" width="200" height="286" /></a></span></p>
<p>■水争いがあった頃の藩の対立をミュージカルに<br />&nbsp;簡単に言うと、筑後市の市民がミュージカルをつくった。それが好評で、今年は6 月20 日に東京公演を行うことになったので是非見てください、ということなのだ。<br />&nbsp;物語は江戸時代の矢部川が舞台。この川は久留米藩と柳川藩の境を流れているのだが、流量が少ないこともあって、両岸の農民がより多くの水を引き入れようと水争いが絶えない川だった。しかも一旦大雨が降ると水が暴れ、農民は大きな被害を被った。柳川藩の方では田尻総馬という普請役が千間土居（せんげんどい）、つまり千間もあるような堤防をつくってそれが決壊することがなくなったのだが、対岸の久留米藩ではいくら堤防をつくっても決壊する。千間土居が決壊しない秘密は、水の勢いを和らげるために川岸から流れに突き出た石の構造物（これを「はね」と言います）「隠しバネ」（おそらく見えにくい「はね」のことでしょう）にあり、この築き方は秘密になっていた。総馬の子どもの藤蔵は、対岸の久留米農民が苦しむのを見て、「隠しバネ」の秘密を教えてくれと父親に頼むが、断られる。この葛藤と、両藩の対立、武家社会の確執がミュージカルで描かれているわけだ。<br />&nbsp;堤さんの手紙には「我らが矢部川が東京に参りますので、よろしく御願いします。矢部川の物語というよりも、川をめぐる人々、行政区内の対立や住民と河川管理者の物語として見ることができます」とある。</p>
<p><br />■愛着を生む手段<br />&nbsp;このミュージカルの初演は2004 年。好評を博し、翌年には再演を望む署名活動が起き、2006年、2007 年にも再演された。<br />&nbsp;こうしたミュージカル・演劇は、言葉としてあまり残っていないような知恵や葛藤の歴史を残す上で大いに効果がある。しかも、ミュージカルそのものが、ローカルアート作品となる。<br />&nbsp;私が知っている類似エピソードとしては、滋賀県湖東町ではため池普請を伝えるために、子ども達に脚本を書いてもらい上演したという例もある。2002 年のことだ。<br />地域の歴史に愛着をもってもらうことの大事さは何度も書いてきたが、そのためにはストーリーが必要だ。教科書には出てこない地域の歴史にストーリーを与えるために、こうしたミュージカル・演劇に 仕立てるのはおもしろいし、大いに効果がある。<br />ちなみに、「彼方へ流れの彼方へ」は６月２０日に、北千住の「シアター１０１０」で上演されるので、見に行こうと思っている。</p>]]></description>
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            <pubDate>Wed, 24 Feb 2010 15:49:08 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>創造のコモンスペースは文明の配電盤になるか？</title>
            <description><![CDATA[<p>■六本木ヒルズ最上階にあるクラブ<br />&nbsp;先日、大阪の大学に勤務しているある先生とお会いした。<br />「東京に来ているから」ということで待ち合わせ場所に指定されたのが六本木ヒルズの49Fにある「アカデミーヒルズ」。<br />&nbsp;フロアはライブラリー、カフェ、丸テーブルがいくつも並んでいるコミュニティスペース、個人の応接件仕事場として使える個室群に別れている。受付で手続きを済ませた私は、早めに着いたこともあって、コミュニティスペースでちょっと考え事をしていた。</p>
<p><br />
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100217.jpg"><img class="mt-image-none" alt="20100217.jpg" src="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100217-thumb-300x221.jpg" width="300" height="221" /></a></span></p>
<p>&nbsp;中はこんな感じ。<br />&nbsp;なにせ「ヒルズ」なだけに、眺望は満点。周囲を見ると、ノートPC を広げている人、ちょっと休みに来ている人、打合せをしている人などで、14 時にもかかわらずテーブルはほぼ満員だ。</p>
<p><br />■知識都市に必要なコモンスペース<br />&nbsp;都市経済学の分野では、1990 年頃から、人々が交流することで生まれる知識や情報が都市の成長に及ぼす影響が語られるようになった。そして、シリコンバレーの創業者たちが知的ネットワークで結ばれていると報告したサクセニアンの『現代の二都物語』が大前研一の翻訳で1995 年に出版されると、ネットワークをつくるクラブ機能が日本の創業支援に応用できるのではないかと考えられるようになってきた。<br />&nbsp;その後つくられた全国の創業支援施設の多くは、こうしたコミュニティスペースを売りにして、「創造都市」の核心は、情報の交流と考えられてきた。<br />&nbsp;この考え方は、しかし、当然ながら何も現在に特有のことではない。<br />&nbsp;本当に大事な情報は人を通してしか得られない。これは今も昔も変わらない真理だ。<br />例えば、日比谷公園前にあるプレスセンタービル１０Ｆには、日本記者クラブがあるが、ここも会員制クラブ。若い頃、何度か連れて行ってもらったことがあるが、このようなクラブにアクセスできることが、 仕事上の大きなメリットとなっていたわけだ。</p>
<p><br />■配電盤機能を失ったクラブ<br />&nbsp;このようなクラブは、都市にしか存在しなかったのだろうか？<br />&nbsp;そんなことはない。<br />&nbsp;地方にもあった。欧米では、大学とかパブとかがその役割を担っていたが、日本でも同様だ。クラブは、人と情報が集まる中心だった。つまり中心だったわけだが、肝心なことは、中心が栄えることではなかった。結果として中心は栄えるのだけれども、そこに集う人々は能力を磨き情報と人脈を得て、また周辺に分散して、そこでその人が新たな中心をつくっていった。<br />&nbsp;このことをうまい言葉で表したのが司馬遼太郎だ。『街道をゆく37 本郷界隈』の中で、明治時代始めの東京を「文明の配電盤」と表現している。東京全体が一つのクラブのようなものだったという表現だ。<br />でも、いまの東京は何でも吸い込んで集中し成長するけれど、地方を豊かにしているだろうか？<br />&nbsp;何でも吸い込んでしまう現代のクラブｖｓ．配電盤機能をもった昔のクラブ。<br />&nbsp;六本木ヒルズに集っているような人々は、自らの知識を地域に還元することはあるのだろうか？<br />&nbsp;そんなことを、ヒルズのカフェで思ったのだった。</p>]]></description>
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            <pubDate>Wed, 17 Feb 2010 11:59:42 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>空港の近く－決定的に大事ではないけどまあ重要、という言い分</title>
            <description><![CDATA[<p>■かずさアカデミアパーク民事再生法手続きへ<br />&nbsp;「1 月25 日、千葉県のかずさアカデミアパークが民事再生法手続きへ」というニュースが流れた。<br />&nbsp;つぶれたのか・・・<br />&nbsp;この施設についてはほとんど知られていないと思うのだが、いくらかの思い出が私にはある。この施設がオープンしたのは1994 年。木更津と君津の東方に立地し、バイオ技術を中心とした研究型リサーチパーク（要は、工業団地のことです）として千葉県が主体となって開発された。<br />&nbsp;構想は80 年代のバブルの時期。オープンはバブル崩壊後。現在のホームページを見ると、「アクララインで東京都心から50 分」と書かれている。確かにそうなのだ。<br />&nbsp;しかし、そのアクララインが開通したのは1997 年。オープンの3 年後だ。<br />&nbsp;リサーチパークらしく、国際会議が開けるようにホテルやカンファレンスセンターが造られ、今も営業しているが、進出企業は数社という報道がなされていた。<br />&nbsp;思い出というのは、ある調査の一貫として、このカンファレンスセンターを調査したことがあるのだ。</p>
<p><br />■臨空というコンセプト<br />会議場の稼働率は、一にも二にも立地条件だ。確か、かずさアカデミアパークは「羽田空港からアクアラインですぐにリゾート型カンファレンス施設にアクセスできる」というコンセプトだったように記憶している。<br />つまり、アクアラインを前提とした羽田空港の臨空施設だったのだ。<br />橋の通行料が安ければかなりの利用があるのではないかと、バブルの余韻冷めやらぬ私は考えた。若かったなぁ。しかし、橋が開通しても、需要は上がらなかった。<br />そこで臨空というコンセプトが立地政策として有効だったのかという問題が浮上する。<br />付加価値が高い産業ならば、空港の近くに立地した方が有利。その代表は情報通信とか知識産業だ。と、当時の通産省は考えた。でも、そうはうまくいかなかった。</p>
<p><br />■十分条件だけの夢<br />&nbsp;同様なことは関空でもあった。1994 年に開港した関空にあわせて、対岸の泉佐野市にりんくうタウンなる工業団地を大阪府は造成した。<br />&nbsp;このりんくうタウン計画に関わったあるシンクタンクにインタビューをしたことがある。<br />&nbsp;1996 年のことだ。ご担当の方が言うには、企業にアンケートをとったという。その結果、企業が一番 重視するのは地価、営業上の利便性が来て、３番目とか４番目に「空港」という選択肢に丸がつけられたという。そのデータを見ながら「企業の方は、空港の存在は立地に重要だと思っているけれど、 決定的な要因とは思っていないということです」というようなことを話された。調べなくてもわかるような、まぁ、当然の話である。<br />&nbsp;「必要条件」が満たされていないのに、十分条件が数多くあるためにゴーサインを出してしまう。<br />&nbsp;その結果、りんくうタウンには進出企業がなかなか集まらず、第三セクターで営業されていたりんくう ゲートタワービルは2005 年に会社更生法を申請した。<br />&nbsp;「必要条件無き夢」を語り事業を強行した時代のツケを、いまの人間が払わねばならないわけだ。&nbsp; 「たった」15 年、20 年前のことについて。<br />&nbsp;かつて空港が各地で造られた時、そのすぐ近くに工業団地を造成することは、県企業局の常套手段だった。いま、空港特別会計が見直され、地方空港のありかたも見直しを迫られている。そこには、 「臨空」コンセプトで整備された工業団地等も含まれるはずだ。もっとも監督官庁は異なるのだが。<br />&nbsp;昔の話ではあるが、開発について人間が夢を語る時の誤謬を忘れないように、教訓として今後の動きを注視したい。</p>]]></description>
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            <pubDate>Wed, 10 Feb 2010 13:08:04 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ブルーゴールド－水の政策思想が必要だ</title>
            <description><![CDATA[<p>■映画「ブルーゴールド：狙われた水の真実」<br />　2003 年に集英社から『水戦争の世紀』という新書が発行された。原書のオリジナルタイトルが「Blue Gold」（2002）。水の商品化を押し進める企業を非難し、水を地球の共有財とすることを強く主張している。<br />　この書の内容を、著者であるモード・バーロウ、トニー・クラーク、その他にもヴァンダナ・シヴァといっ　た世界各国の水研究者や市民を登場させることでドキュメンタリー映画としたのが「ブルーゴールド：　狙われた水の真実」だ。<br />　現在、東京では渋谷で公開していると聞きつけ、見に行ってきた。</p>
<p><br />
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100203.jpg"><img class="mt-image-none" alt="20100203.jpg" src="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100203-thumb-200x304.jpg" width="200" height="304" /></a></span></p>
<p>　ドキュメンタリーといっても、マイケル・ムーアのようなあざとさは無く、水の商品化がもたらした現実の姿を解説とともに淡々と流していく。<br />　ちなみに、ナレーションはマルコム・マクダウェル。「その人、誰？」という人も、スタンリー・キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』で悪逆をつくした恐るべき青年アレックスと言うと「あー、あの　役者か」と思い出す人もいるかもしれない。1943 年生まれだから、66 歳か。こちらも歳をとるわけだ。これは余談。<br />　映画では、原作出版後もさらに進んだスエズやヴェオリア、ネスレなどといった水企業による水道民営化の負の側面を描いており、映画としての出来云々よりも、水に関心のある方はぜひ見ておくべきだろう。</p>
<p>■水へのアクセスは基本的な権利だから、水はタダであるべき　<br />「見ておくべき」という意味は、「この映画の主張に全面的に賛成しているから」という意味ではない。水はコモンズ（共有資源）であるべきという主張は同感だし、私自身、このことは2002 年頃から　ずっと言い続けてきた。ただ、「水をコモンズとして守る」というのはゴールであって、そこに至る道は　多数ある。そこには、企業協力が欠かせないケースもあるし、政府を市民が監視しなければならない　ようなケースもあるだろう。譬えれば富士登山に登山経路がいくつもあるようなものだ。<br />　この映画で描いているのは、水が公正に分配されない事態だ。といっても、望む人に最も効率的に　資源が分配される価格メカニズムがうまく機能していない（市場の失敗）ということではない。それ以　前に、商品経済が暴力的に持ち込まれた地域で暮らす貧困層から、生きる術を奪い取るという、かつてマルクスが問題視した収奪の世界像である。<br />ではどうすればよいのか？<br />　この映画では最後に、「水循環を自分たちで守りいたる所で涵養して、稀少な商品でなくなるようにすればよい」という発言を紹介していた。<br />　つまり「水は基本的人権だからタダが良い」ということで、バーロウやクラークにとって日本はよい国と映っているのだろうか？</p>
<p><br />■人は水に価値を見いださないと守る気にならない<br />　私たちは、水が豊富で「水はタダ」と思ったために、水をゴミ箱のように汚染したり、過剰揚水で地盤沈下を起こした経験をもっている。さらに公営水道が場合によっては効率的ではないこともよく知っている。<br />　実は、水問題は「ブルーゴールド」が企業悪玉論の二項対立で描くような単純問題ではない。<br />　水の商品化が悪なのではなく、企業・政府・市民の三者が共有資源としての水を守る制度を状況に　応じてつくりえなかったことが問題なのだ。行きすぎた水ビジネスはその一つに過ぎない。<br />　したがって、水をどのように守るか、という政策思想にはいくつもの立場がありえる。「水商品化絶対　反対論」と「水ビジネス振興論」という両極の間に、解くべき課題に応じて様々な思想が広がってい　る。そのことを注意深く腑分けしていかないと、政策立案はできない。<br />　ただ一つわかっていること。<br />　それは、現代人は水に価値を見いだすから守る誘因が生まれるし、それ故に囲い込みたい欲求に　もかられるという様々な当事者による課題の構造をもっているということ。<br />　構造を踏まえない政策は意味をなさない。<br />　水の政策思想が必要だ。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/region/2010/02/02/2209.php</link>
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            <pubDate>Tue, 02 Feb 2010 10:27:24 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>見る場所と買う場所は別－ショーケースとしての百貨店の行方</title>
            <description><![CDATA[<p>■商品のリアリティをどこで感じるか？<br />&nbsp;最近、我が家もやっと地デジ対応テレビを購入した。結婚した時に買ったテレビが２０年して壊れたため。ドラマを見ていると出演者の目の輝きまでくっきりとわかり「テレビって明るかったんだ」と言うと、子供からバカにされてしまった。<br />&nbsp;さて、こんなわけでいくつかの新たなデジタルチャンネルと、テレビ神奈川、東京ＭＸテレビが見られるようになった。<br />&nbsp;これが結構おもしろい。<br />&nbsp;中でも、妙にはまってしまうのがショッピングチャンネルだ。<br />「まぁよくもここまでいかがわしく作り込まれているな」というぐらい、通販番組はうまくつくられている。商品についての情報番組にもなっていて、ついつい見てしまうのだ。<br />&nbsp;驚いたのは百万円を超えるような真珠のネックレスが通販で売られていて、それが「残りわずかです」など表示が画面に出たかと思うとすぐに売り切れてしまうこと。<br />&nbsp;消費者に訴える商品のリアリティと情報量が、店頭よりもよほど強く多い。</p>
<p><br />■変わる消費スタイル<br />&nbsp;そういう自分も、通販は使わないまでも、最近、消費スタイルが変わってきている。例えば、百貨店には結構足を運ぶのだが、買うのは紳士服のみ。あとは商品を見るだけ。そして気に入った商品があったら、後で、ネットショップでカードで買う。その方が安いし、カードにポイントもたまる。これは、家 電量販店や書店、文房具でも同様だ。<br />&nbsp;実際の店舗はショーケース、買うのはネットから。<br />&nbsp;そのように店を使い分けている。<br />&nbsp;かみさんに聞くと「そんなの、当然でしょう！」。他の主婦のみなさんも同じようにしているらしい。<br />&nbsp;見るところと買うところの分離。<br />&nbsp;これでは店舗は潤わない。</p>
<p><br />■銀座も変わるのか<br />&nbsp;そんなことを思っていると、昨日、西武百貨店有楽町店が閉店というニュースが報じられていた。もともと店舗面積も狭いし、すぐ近くの有楽町そごうが閉店しビックカメラになったように、いずれ閉店するのだろうなとは思っていた。ついにその時が来た、という感じだ。<br />&nbsp;この時代に外商の売上げが伸びるわけでもなく、ショーケースはデパート、買うのはネットや安売り店で、とお客さんが行動したら、損するのはデパートばかりだ。<br />&nbsp;そろそろ百貨店という業態も成立しなくなってきているのかもしれない。<br />&nbsp;昔、銀座というと、全国の中心地で、一流品を扱う店が並んでいると思っていた。確かにそのような店は今も多い。でも、客の行動が変わってくると、銀座は土地ばかりが高く、百貨店のようなショーケース化する業態にはきつい場所になってきているのかもしれない。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/region/2010/01/27/2202.php</link>
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            <pubDate>Wed, 27 Jan 2010 11:45:57 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>外からの変化に対応する観光地－野沢温泉</title>
            <description><![CDATA[<p>■野沢温泉の火祭り<br />昨年夏にもこのブログで話題にした野沢温泉。<br />「また」行ってきた。今度は冬の野沢。しかも大雪。スキーヤーにとって野沢温泉はすばらしいゲレンデで大雪はうれしいと思うのだが、私はスキーをいたしません。<br />目当ては道祖神祭。毎年１月１５日の夜に行うムラの火祭りだ。<br /><a href="http://www.nozawakanko.jp/spot/dousozin.php">http://www.nozawakanko.jp/spot/dousozin.php</a><br />厄年の男達等から組織された「三夜講（さんやんこう）」により社殿が昼までに建てられる。</p>
<p><br />
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100120a.jpg"><img class="mt-image-none" alt="20100120a.jpg" src="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100120a-thumb-300x223.jpg" width="300" height="223" /></a></span></p>
<p>昼14 時頃。社殿の前に並ぶ三夜講の人々上の写真で並んでいる男達。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>夜になると、火をつける側と社殿を守る側で別れ、攻防戦が繰り広げられる。それが１時間半ほど行われると、双方手締めの　上、社殿に火が入れられ、豪壮に燃え上がる。<br />これが道祖神祭だ。特に今年は大雪の中で社殿が燃え上がり、この姿も印象的だった。<br /></p>
<p>
<p><a href="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100120b.jpg"><img class="mt-image-none" alt="20100120b.jpg" src="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100120b-thumb-300x225.jpg" width="300" height="225" /></a></p>
<p>昼の社殿が、夜になるとこうなる。この直後、社殿が燃え上がる。22 時半頃。</p>
<p></p>
<p><br />■外国人旅行者<br />これを最初に見たのは３年前。その時と違うのは、観客にかなり多くの外国人旅行者が混じっていたことだ。いま、どこの観光地にもアジアからの観光客が多数訪れているのだが、野沢温泉や志賀高原などのスキー場にはオーストラリアからの観光客を集めている。時差がほとんど無いので、日本にやってくるのだ。<br />先日もこのスキーヤーが多数来ていたらしく、祭を見て奇声を上げてはしゃいでいた。祭が終わった　後に立ち寄った居酒屋にもこうした外国旅行者が来ており、焼き鳥とラーメンを食べて楽しんでいた。<br />こうした旅行者にとって、道祖神祭は日本文化を知るよい体験だろう。</p>
<p><br />■外からの刺激<br />道祖神祭は本来、ムラの祭だから、ムラの衆だけで完結させる。しかし、その衆が少なくなっているのは事実。<br />今年は「祭体験ツアー」ということで、60 名の観光客が社殿造りなど、祭の準備から携わっていた。祭の表に出ない部分まで体験をすることができ、この方たちも道祖神祭を知るいい体験をしたことになる。<br />ここでも、外の観光客が祭に元気を与えているわけだ。<br />野沢温泉村のようなムラの祭も、国際化、人口減少に適応しようとがんばっている。<br />臨時おみやげ売り場では、レジの横に貼り紙が。覗いて見ると「お守りcharm チャーム」「神様god ゴッド」というように、海外からの観光客へのおもてなし用に地元スタッフのためにつくられたもの。<br />ちなみに、翌朝の長野行き急行バスの中は、海外からの観光客と、おじさんおばさんのツアー客。といいつつ、私もおじさんなのですが。現在の観光市場を垣間見た思いです。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/region/2010/01/20/2193.php</link>
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            <pubDate>Wed, 20 Jan 2010 10:39:10 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>イケアが輸入する北欧文化</title>
            <description><![CDATA[<p>■北欧スタイル<br />　三連休の日曜日に、妻に肩を押されＩＫＥＡ港北店に行ってきた。スウェーデン発祥のこの量販店。　覗いてみたいと思っていたモノの機会が無かった。<br />　今回の目的は自分の書棚を買い替えるため。だいたい書棚を買おうと思うと、まずは家具屋に行くのだが、デザインが悪いし、値段が高い。こちらがほしいのは「家に置く仕事用の書棚」なのに、家具屋では「リビング用家具としての書棚」しか置いていない。そのため値段が高くなる。<br />　かといって、通販で売っている書棚は安いのだけれど強度に不足している。デザインが良くてしっかりしていて、値段も手頃。そんな商品はないものか。と、思っていた。<br />　そこで、ＩＫＥＡに行ってみたのだが、まずショッピングスタイルが日本とまったく違う。</p>
<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-none" height="272" alt="20100113a.jpg" src="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100113a.jpg" width="203" /></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　エントランス脇には、商品番号・倉庫置き場所記入カード、鉛筆、貸し出し用カタログ、メジャーが置いてある。ここでカードと鉛筆をもってショールームを見て回るわけだ。気に入った商品の商品番号、倉庫置き場所をカードに記入する。買うものが決まったら、倉庫フロアに降りていく。</p>
<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-none" height="245" alt="20100113b.jpg" src="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20100113b.jpg" width="182" /></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　こんな感じで、組み立てる前の家具が置いてある。番号で指示された置き場所に行き、自分でカートに乗せ、レジにもっていく。<br />　デザインもなかなかよいし、人件費をかけていないから、安い。<br />　レストランもあり、スモークサーモンやスカンジナビアテイストの料理がバイキング形式で食べられる。</p>
<p><br />■量販店は文化装置<br />　かつてスーパーマーケットが輝いていた時代がある。そこに行くとアメリカ風の商品がたくさん並んでいて、アメリカンホームドラマに出てくるような生活を実感できた。今でも、紀伊国屋とかナショナルストアなどはその臭いを残している。<br />それに対して、中内功氏が薬屋から起こしたダイエーはまさしく「主婦の店」で、そのようなアメリカンウェイ・オブ・ライフとは縁がなかった。むしろ大量の安売り品が定価で売られていた。この大衆性が人気の源だった。ここにも高度成長から安定成長期のライフスタイルがよく表れていた。<br />　量販店はライフスタイルを伝えるショーケース、メディアの役割を果たしてきた。<br />　では、将来を体現した量販店はどこなのだろうか？</p>
<p><br />■ＤＩＹで社会を支える北欧スタイルへ<br />　私は、結局本棚を三つ買って帰ってきた。車で運ぶのや組み立ては自分で行った。翌日は腰痛に悩まされたが、ＤＩＹであることを考えればそれもよい。<br />　この店が、いま賑わいを生んでいる。<br />　値段は大衆向けでもデザインは北欧風。このＤＩＹスタイルが、人気を呼んでいることは、今後の購買スタイルを暗示しているような気がしてならない。<br />　これまで、自分でできることを他人にしてもらって（手伝ってもらい）日本経済は膨らんできた。しかし、人口減少社会の郊外居住者はつつましく、自分でできることは自分でするというＤＩＹの気分が強まっている。ここ数年の北欧人気の裏には、実際の消費者ライフスタイルの変化がひそんでいるのではないだろうか。<br />　店が客に「お客様」と尽くすのではなく、「店と客はＤＩＹで社会を支えるパートナーだ」という気分がＩＫＥＡには感じられる。これまで北欧文化を体現した量販店なぞ無かっただけに、今後の成り行きを注視したい。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/region/2010/01/13/2182.php</link>
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            <pubDate>Wed, 13 Jan 2010 09:53:55 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>「容疑者Ｘの献身」は良質なホラー映画だった</title>
            <description><![CDATA[<p>■年末は映画<br />あけましておめでとうございます。<br />ウォーミングアップに、最初は軽い映画評論です。<br />昨年末、ついついテレビで「容疑者Ｘの献身」を見てしまいました。<br />東野圭吾原作「探偵ガリレオシリーズ」の一つで、原作も読んでいたので、単なる映画化かな？と思ったら大違い。「最初の１０分がつまらなかったら見るのをやめよう」と思っていたら、結局最後まで引き込まれてしまったわけです。<br />見ていると、最初に犯罪が行われるという刑事コロンボと同じ倒叙法。松雪泰子扮する弁当屋の女主人が住むアパートの部屋に、別れた亭主が金をせびりに転がり込んでくる。追い出そうともみあっている内に、無我夢中で女は元亭主を絞殺。その様子を、隣の部屋に住んでいる天才的な数学教師が物音で知ってしまう。この数学教師、数学の天才だが今は高校教師をしており、この女性に好意をよせている。そのため、警察から見つからないように、あの手この手でアリバイ工作を行う。それを福山雅治扮する物理学准教授の探偵「ガリレオ先生」が崩していくという内容です。</p>
<p><br />■自分に尽くしてくれる人が隣にいる恐怖<br />みなさん、成り行きで自分の部屋で人を殺してしまったことを想像してください。<br />（そんな想像できるわけないか・・・）<br />そこに、薄皮の壁から聞こえる物音に驚いたアパート隣室の男がドアを開けて「殺しちゃったんでしょ？」と言って入ってくる。このシーンだけでも怖いですね。<br />そして、男は「みつからないようにしましょう」。どうしたらよいかわからない女性は、最初はとまどいながらも、死体の処理を男任せにしてしまう。そして男の指示通りに行動すると、不思議なことに警察は女への疑いをあきらめ、帰っていくのを見て安堵する。<br />その指示も、男は直接会って話したりしない。全部、アパートの近くの公衆電話から携帯にかかってくる。<br />こんな具合だ。<br />隣室のドアが開き廊下を歩く人影が台所ごしに見える。しばらくすると、携帯が鳴り「公衆電話」表示。とると「おくさん。今日、警察がきたでしょう。大丈夫です」<br />コワ～イ。<br />ところが、女は、今度はすべてを飲み込んで自分に献身してくれる隣室の男の好意に息苦しさを感じていくようになる。<br />そう。この映画、トリックを解いたり、男の無償の愛を描く等いくつかのストーリーが積み重なっているのだが、「ホラー映画」でもあるのだ。この主題は、原作には無い。<br />隣の男が尽くせば尽くすほど、女はその近隣関係に恐怖を抱いていく。<br />東野の原作には無いこの主題を映画に見いだした時点で、脚本家の勝利は決まったようなもの。この男を演じているのが堤真一で、天才ながらさえない高校教師が愛を知り、相手をがんじがらめにする怖さをよく出していた。</p>
<p><br />■日常が反転するホラー映画<br />「容疑者Ｘの献身」を「すぐれたホラー映画」とする評価はウェブを見渡した限り、見られない。でも、私は子供の頃、６畳一間のアパートに住んでいたので、この気持ちがよくわかる。<br />一方的な献身と息苦しさは紙一重。地域にはよく見られるこの「日常を恐怖に変えるスイッチ」をホラー映画に仕立てた脚本家の次の作品が楽しみです。</p>
<p>・・・てなことを書いたら、脚本家の福田靖氏は、「龍馬伝」の脚本も書いていたのですね。ドキュメンタリータッチの暗い画面を結構楽しんでいます（１／３０）。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/region/2010/01/05/2170.php</link>
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            <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 12:21:40 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>海外に残る日本観光文化遺産</title>
            <description><![CDATA[<p>■年の瀬のハワイ<br />&nbsp;もう年の瀬。なぜだか知らないけれど、年末年始をハワイで暮らす芸能人は多い。<br />&nbsp;私は毎年行っているわけではないが、４年前にハワイに行った。マウイ島でコーヒー園やキラウェア 火山を見て、オアフ島で定番コース、という感じ。<br />&nbsp;ちなみに最初にハワイを訪れたのは、私が中学２年生の時だから１９７６年。ツアー客が増えだした頃だ。<br />&nbsp;ハワイは日本の観光客で成り立っている。このため、日本ではとうに見られなくなった観光文化が残っている所がある。</p>
<p><br />■ステーキ・パフォーマンス<br />&nbsp;例えば、ホノルルの夜。どうしても肉が食べたくなった私は、家族でステーキ屋さんに繰り出した。 「タナカ・オブ・トーキョー」（<a href="http://www.tanakaoftokyo.com/index_j.html">http://www.tanakaoftokyo.com/index_j.html</a>）で、現地では有名な店。<br />&nbsp;テーブルの上でシェフが肉を焼いてくれるスタイルなのだが、そのシェフはガンベルトのようなものを 腰に巻いている。ガンの代わりに収まっているのは包丁。肉を豪快にフランベさせ火の玉をあげる。 そして、両手の包丁をくるくる回し、目の前で切ってくれる。こういうパフォーマンス、子どもは喜んだ が、もはや日本では絶滅危惧種だ。<br />&nbsp;今は亡きロッキー青木氏が６０年代にニューヨークで鉄板焼き屋・ベニバナを開業した時に大ウケし たのが、このパフォーマンスだった。それが日本にも伝わり、バブルの頃銀座のどこかの店で私は見 た記憶がある（すいません、店名忘れました）。それが４０年経っても日本の周縁であるハワイで残っている所が興味深い。</p>
<p><br />■サンセットクルーズ<br />&nbsp;同じようなことは、サンセットクルーズでも体験した。物好きといわれるかもしれないが、「ダイヤモンドヘッドを見ながら洋上でサンセットを体験」というのに参加した。フェリーのような観光船に搭乗し、 ハワイアンダンスショーを見て、観客は現地添乗員のおかあさんの仕切りでダンスに声援をおくる。<br />&nbsp;これ、中学２年生の時に体験したサンセットクルーズとまったく同じ。４０年間同じメニューが続いていたことになる。<br />&nbsp;私はそういうのが嫌いなので、静かな舳先でずっと海を眺めていた。<br />&nbsp;鉄板焼きパフォーマンスもサンセットクルーズも、日本向け観光商品という点では共通している。国内ならとうに淘汰されて消えているマスツーリズムのサービスが、ハワイという日本文化の周縁では 生き残っている。こういう中心と周縁の関係に気をつけて海外観光を見ると、意外な文化遺産に出く わすかも知れない。<br />&nbsp;「ある文化が残ることは、その文化が人々から求められていること」とは必ずしも言えない例が、ここにある。<br />&nbsp;※さて、今年もご愛顧ありがとうございました。来年は１月第２週から始めます。よいお年を！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><a href="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20091222.jpg"><img class="mt-image-none" height="226" alt="20091222.jpg" src="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20091222-thumb-300x226.jpg" width="300" /></a></span></p>
<p>そのサンセットクルーズ船上からの写真</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/region/2009/12/22/2154.php</link>
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            <pubDate>Tue, 22 Dec 2009 11:03:54 +0900</pubDate>
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            <title>人は納得の置き所をほしがる</title>
            <description><![CDATA[<p>■あえのこと<br />&nbsp;先週の能登の続きです。<br />&nbsp;能登を訪れた目的は、田の神様をまつる「あえのこと」と言われる行事を取材するためだった。<br />&nbsp;&nbsp;私は、珠洲市の田中さん宅で行われている「あえのこと」を見てきた。数が少なくなったとはいえ、能登の方々のお宅で行われている祀りで、それぞれスタイルがちょっと違ったりする。私の他にも２０人ほどの観光客が集まっていた。</p>
<p><br />■田の神さまは夫婦<br />&nbsp;どんな祀りなのか？<br />&nbsp;毎年１２月５日。一言で言えば、戸主が田んぼに出向き、田の神様を家にお連れして、そこでお迎えの儀式を行う、というもの。<br />&nbsp;北国新聞の紹介記事があるので、それをご覧になってもらうとよい。<br />&nbsp;<a href="http://www.hokkoku.co.jp/subpage/HT20091206401.htm">http://www.hokkoku.co.jp/subpage/HT20091206401.htm</a><br />&nbsp;家には神棚があり、その下に、食膳と座布団が２組用意される。<br />なぜ２組かというと、田の神様は夫婦なのだ。<br />&nbsp;この夫婦神に、戸主は「よくおいで頂きました」と感謝をし、その後、風呂場に案内し湯につかっていただく。<br />&nbsp;というように、相手がいるものとしてお芝居をするわけだ。いや、芝居というと失礼な表現だろう。戸主は祀りとして行っているのだから。<br />&nbsp;神様を風呂場に案内し、１０分ほどしたら、また風呂場にお迎えにあがり、神様を食膳にお連れする。そして、感謝をしておしまい。<br />&nbsp;この後、神様は来年２月までこの家で人と一緒に暮らすことになる。<br />&nbsp;これが、「あえのこと」のたいへんざっくりした紹介だ。</p>
<p><br />■納得の置き所<br />&nbsp;注目したいのは、神様が「夫婦」という点だ。豊作を願う祭祀、疫病を払う祭祀など、祀りの本質は結局の所、人々がそれを行うことで納得するという点にある。納得の置き所が古くから伝わる民俗といってよいかもしれない。<br />&nbsp;豊作を願い、田に新たな生を宿すのが夫婦神というのは、いかにも納得しやすい話だ。こういう性のメタファーが、「新たな命を生み出す」という納得に結びついているわけだ。<br />&nbsp;そういえば、先日『坂の上の雲』を見ていたら、松山の夏の祀り「きゅうり封じ」が紹介されていた。疫病が発生しやすい夏場に、こういう行事を行う。それを「まじない」とか非科学的とか言ってしまえば、 それまでなのだが、ならば、なぜ続いてきたのだろうか。<br />&nbsp;こういう「納得の置き所」に対する求めは、意外と尽きないものらしい。<br />&nbsp;そういえば、私の友人のビジネスコンサルタントが、かつて原宿に「占いハウス」を建てて大もうけしたことがある。その彼曰く「占い師とは、相手が言ってほしいと思っていることを先に言う仕事である」。<br />&nbsp;まさに、納得を提供するのが仕事だというわけだ。<br />&nbsp;どんな世になっても、人は納得の置き所を求めるものらしい。</p>]]></description>
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            <pubDate>Wed, 16 Dec 2009 09:51:53 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>航空会社とリスク・利益をシェアする能登空港</title>
            <description><![CDATA[<p>■はじめての能登空港<br />&nbsp;先週、奥能登の輪島・珠洲を訪れた。「あえのこと」と呼ばれる田の神様を祀る行事を取材するためだ。<br />&nbsp;能登といっても、金沢や氷見など、半島南部は行ったことがある。しかし、北の方に行くのは初めてだった。<br />&nbsp;チケットを取ろうと思い、ネットにアクセスすると、輪島市南方にある能登空港は、東京－能登空港便（ＡＮＡ）が午前と午後の２本しかない。<br />&nbsp;いまＪＡＬの再建と空港特別会計の再編が争点になっていることを思い出し、この地方空港も赤字で たいへんなのかな、と最初は思った。</p>
<p><br />■ツアー客をもてなす空港<br />&nbsp;当日、羽田空港から乗り込んだ。機材はエアバス社のＡ３２０。座席数１６６席だが、それがほぼ満杯。周囲を見回すと、どうも旅行ツアー客らしき団体がいくつも乗り込んでいる様子だ。<br />&nbsp;能登空港に着陸し、到着ゲートを出ると、「座席番号が○○番の人にはカニが当たりました。チケットを見てください！」とツアー現地添乗員のおじさんが、赤いカニマスクをかぶってもてなしていた。<br />&nbsp;背広を着たカニレスラーか？<br />&nbsp;約１０組ほどの人にカニが当たり、すぐ横のカウンターで現物を宅急便で送る手続きをしていた。いきなりのプレゼントタイムで、ツアー客も盛り上がるわけで、そのまま何台もの観光バスに乗り込んでいった。</p>
<p><br />■搭乗率保証制度<br />&nbsp;こんなことを書くのは、能登空港の自助努力を紹介したいため。<br />&nbsp;能登空港は2003 年7 月に開港した。当初、羽田との間に２便確保したい地元側に対し、乗り入れるＡＮＡ側は、新規需要が不確実ということで難色を示した。<br />&nbsp;そこで、地元側はＡＮＡに対し、「年間目標搭乗率を定め、目標を下回った場合は地元が航空会社に 保証金を支払う。逆に、目標を上回った場合は航空会社が地元にキックバックを支払う」という「搭乗率保証制度」を提案した。この制度に双方が合意したため、能登空港は開港時からの２便就航となった。<br />&nbsp;いわば、リスクと利益をシェアしましょう、というわけだ。<br />&nbsp;地元側としては、何としても目標搭乗率を達成しなくてはならない。だから、旅行会社と組んでどんどん能登に送客してもらうわけで、冒頭の「カニプレゼント」も、そうした努力の結果なのだ。<br />&nbsp;能登空港のＨＰを見ると他空港では見ることができないページがある。「お知らせ」のページをクリックすると、これまでの搭乗率実績、目標搭乗率が全部公開されているのだ。<br /><a href="http://www.noto-airport.jp/notosypher/www/index.jsp">http://www.noto-airport.jp/notosypher/www/index.jsp</a><br />&nbsp;地元も必死だ。<br />&nbsp;このような自助努力は、当然といえば言えるのだけれど、何の努力もしていない他空港と十把一絡 げにされるのはかわいそうだろう。公開データを見る限り、開港以来、現在まで、目標搭乗率はクリアしている。</p>
<p><br />
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20091209.jpg"><img class="mt-image-none" alt="20091209.jpg" src="http://www.quon.asia/yomimono/business/region/entryimg/20091209-thumb-300x227.jpg" width="300" height="227" /></a></span></p>
<p>&nbsp;輪島の朝市。平安時代から続いている。静かだけどストックの豊かさを感じるまちでした。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/region/2009/12/09/2131.php</link>
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            <pubDate>Wed, 09 Dec 2009 10:27:02 +0900</pubDate>
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    </channel>
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