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大西良雄ニュースの背後を読む

2018年10月15日 14:22

「日米物品貿易協定」交渉の実際を真摯に説明してほしい

(2018年10月15日筆)

 ムニューシン米財務長官がインドネシア・バリ島でのG20の後、「これからの貿易交渉ではどの国とも為替問題を協議していく。日本を例外にすることはない」(日経新聞2018年10月13日夕刊)と述べたという。


日米貿易交渉で円安誘導を牽制する「為替条項」押しつけも

 確かにトランプ政権は、すでに署名された「改定米韓FTA」で「米財務省は競争的な通貨切り下げと不公正な競争優位をもたらす慣行を避けることで韓国と合意している」と説明している。合意したNAFTA(北米自由貿易協定)に代わる新しい「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」では「為替介入を含む通貨切り下げを自制する」と協定内に為替条項が明記された。

 これまでの経緯を見るとムニューシン長官の言葉に嘘はない。今後の日米物品貿易協定の交渉でも米側が日本に対して「為替切り下げを避ける」あるいは「為替切り下げを自制する」とする合意を迫ることになるのは間違いないだろう。

 日本は中国、ドイツ、韓国、スイス、インドと並び米財務省の為替監視対象国になっている。日本は為替介入による為替操作国には認定されていないが、対米貿易黒字が大きく経常収支黒字がGDP比3%以上に達するとして為替監視対象国とされている。

 トランプ政権は日本の対米貿易黒字額の拡大に照準を当てて2国間交渉を進めることになるが、米側は貿易黒字の拡大の原因を日銀の金融政策(異次元金融緩和の継続)による円安誘導に求めかねない。

 黒田日銀総裁は「為替は金融政策の対象ではない」と繰り返し述べてきたが、アベノミクスの成果は第一に円安への転換であり、円安転換による輸出金額の増加が景気及び企業収益を回復させたことを政府側も認めている。

 交渉術にたけたトランプ政権は、日銀の金融政策による円安誘導を「為替操作」とみなし、日本を単なる為替監視対象国から中国並みの為替操作国とすると脅してくると思われる。その結果、円安誘導を牽制する何らかの為替条項が日米貿易協定に組み込まれれば、金融政策に足枷がはめられる。そうなれば日銀の異次元緩和の継続によるデフレ脱却は困難となり、アベノミクスの根幹が揺らぐことになる...。


TGAかFTAか、他にもたくさんある日米の説明の食い違い

 この為替条項だけではなく、今回の「日米物品貿易協定」をめぐる安倍総理の説明と米側の説明には食い違いが多すぎる。食い違いは今後の交渉の根幹にかかわっており、交渉に携わった安倍総理、麻生財務相、茂木経財相には国会での十分な説明を願いたい。

 第一、安倍総理は今回の交渉は「日米物品貿易協定(Trade Agreement On Goods=TAG」であり「TAGは包括的なFTAではない」と言い切った。

 しかし、9月26日の日米首脳会談の共同声明には、第3項「両国は国内調整の後、日米物品貿易協定(TAG)とサービスを含む他の重要分野で早期に結果が出るものについて交渉を開始する」、第4項「TGAの議論が完了した後、他の貿易・投資の事項についても交渉する」とある。

 交渉の対象となる3項の「サービスを含む他の重要分野」、第4項の「他の貿易・投資の事項」は単なる「物品貿易」にとどまらない。総理が言う「包括的なFTA」に属するものだ。米国側は今回の首脳合意によってFTA(Free Trade Agreement=自由貿易協定)の日米交渉が始まると説明している。これに「為替条項」交渉が加われば、総理は否定するが「包括的なFTA」交渉そのものではないか。

 第二、農産物の関税引き上げ水準について総理は「過去の経済連携協定で約束した内容が最大限だ」と説明した。確かに共同声明文にもそのように記述されている(以上の声明文はいずれも日経新聞2018年9月27日朝刊)。

 ただ「過去の経済連携協定」が何を指すのかよくわからない。日本側はTPP(環太平洋経済連携協定)を念頭に置いているというが、トランプ政権はTPP交渉から離脱しており、TPPの合意水準が関税率引き下げの上限とは限らない。

 パーデュー米農務長官は10月4日、農産物交渉に当たって「日本がEUに与えたものと同等かより良い取引を期待する」と述べた(日経新聞10月5日夕刊)という。EUに与えたものとは7月に署名した「日・EU経済連携協定」を指す。この協定ではワイン、チーズ、牛肉などはTPPの合意水準を上回った。それと「同等かより良い取引」の市場開放を農務長官は求めると言っており、日本の農業には脅威になる。この食い違いについても説明が欲しい。

 第三は、自動車について共同声明文の第5項には「米国は自動車について、市場のアクセスの交渉結果が自国の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すものであること」を「尊重する」と書かれている。その意味するところは何か、説明が求められる。

 「自国(米国)の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すもの」とは、米国内の自動車産業の生産拡大を目指すという意味だろう。そうだとすれば、日本は、日本車及び自動車部品の現地生産の拡大あるいは対米輸出の数量規制を米国から迫られることになる。

 対米輸出の数量規制については、改定米韓FTAでは鉄鋼の対米輸出数量の上限規制(過去平均輸出量の7割)が組み込まれた。米・メキシコ・カナダ協定でも自動車の対米輸出台数の上限規制(カナダ、メキシコはそれぞれ年260万台が上限)が組み込まれており、日本交渉でも自動車の輸出数量規制が持ち込まれる恐れが十分ある。

 現地生産の拡大であれ、輸出数量規制であれ、日本の対米輸出数量の抑制ないし削減につながる。それは日本の自動車産業の雇用が米国に奪われることを意味し国益を損なう。


国民にはよくわからない、トランプ・安倍会談の本当の中身

 他にもトランプ大統領との首脳会談で安倍総理は、イージス・アショアの新規購入、早期警戒機「E2D」の追加購入など米企業製防衛装備品(兵器)の輸入拡大を約束したとか、自らの大口献金者が経営する米カジノ大手の日本参入についてトランプ大統領から「口利き」を受けたとか、国民にはよくわからないことがたくさんある。高い兵器を買わされる納税者としては首脳会談の中身を知りたいところだ。

 国益を考えれば対外交渉の中身を途中で明らかにできないことがあるとは思う。しかし、国民は交渉の実態・内情を知らされないまま、納税者の利益を奪い、国益を大きく損なう交渉結果を飲めと言われても困る。

 総理は「包括的なFTAではない」「農産物関税引き下げはTPPが上限」「交渉中は自動車の追加関税は発動されない」などと言っているが、国民を結果として欺くようなことにならないように、総理の言葉を借りれば「事実を真摯に受け止め、謙虚に丁寧に」、交渉の実態を今回の臨時国会で説明してもらいたいものだ。


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筆者からの謝辞

本ブログ連載は今回をもって終了することになりました。読者の皆様には2006年4月の連載スタート以来、12年余の長きにわたってご愛読いただき、誠にありがとうございました。また、毎回原稿を丁寧にチェックしていただいたQuonNet(クオンネット)の歴代編集者にも厚く御礼申し上げます。

経済ジャーナリスト(早稲田大学オープンカレッジ講師)大西良雄

2018年10月 1日 16:34

沖縄知事選で野党系玉城氏が当選、公明党「7万票」はどこへ

(2018年10月1日筆)

 翁長雄志前知事の死去に伴う沖縄県知事選挙は9月30日投開票が行われ、野党が支持した玉城デニー氏(前自由党幹事長)が過去最高の得票で安倍政権が総力を挙げ応援した佐喜真淳氏(前宜野湾市長)を破り当選した。総理には総裁3選直後の苦い敗北となった。


沖縄の公明支持票「最低7万票」を上乗せし佐喜真氏楽勝のはずだったが

 玉城氏は米軍普天間飛行場の辺野古移転に反対した前翁長知事路線を受け継ぐ候補だが、その得票数は翁長氏の得票数を上回った。一方、自民、公明、維新、希望が推薦した佐喜真氏は前回の自民推薦の仲井真氏、維新系の下地氏の合計得票数33万票も下回った。

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 玉城氏は、故翁長氏の家族の応援を得て「弔い合戦」を戦った有利さを差し引いて圧勝だったといえる。その理由は県内7万票とも10万票ともいわれる公明党票にある。

 前回知事選では公明党は自主投票だったが、今回は佐喜真氏を推薦、学会員の選挙応援をフル回転させたという。前回の仲井真氏と下地氏得票の33万票に最低7万票の公明党票を上乗せし40万票以上の得票で佐喜真候補は玉城候補を上回り当選するはずだった。

 だが佐喜真氏の得票数は40万票より8万票余も少なかった。出口調査では公明支持層の70%以上が佐喜真氏への投票に向かったというが、最低7万の公明党票はどこに行ったのだろうか。沖縄の公明党の本音は辺野古移転反対だ。自公連携に忙しく辺野古移転を許容しかねない党本部とは意見が食い違っている。玉城氏の演説会場に創価学会旗を掲げた会員の姿が目立ったというが、学会票の一部は玉城候補に流れたのではないか。

 この沖縄知事選の与党推薦候補の敗北が2019年夏の参議院選挙にどのような影響を与えるか、総裁3選後の安倍総理の最大の関心事だろう。

 総理は長州出身の先輩・桂太郎首相の通算在任最長記録2886日を上回り(19年11月)、東京五輪の開会式(20年7月)を晴れがましく迎えたいはずだ。しかしこの2つのイベントを乗り切り2021年9月までの任期を全うするには19年夏の参議院選挙に何としても勝たねばならない。


野党は知事選圧勝の教訓を生かせば、自民の参院単独過半数割れも

 その2019年の参議院選挙だが安倍自民党は改選議席数が多く議席を減らす可能性が高い。政権発足後の2013年参院選挙では株高円安などに乗って自民党が圧勝した。公明党の選挙協力を得て1人区31議席中29議席を獲得したことも大きい。その結果、獲得議席は69議席(下表、こころ、無所属を含む)と過去最大となったが、それがそっくり改選議席数となる。

自民党の改選議席数は過去最大
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 これに対し前回の2016年の参議院選挙では自民党は1人区で野党共闘が成立、野党系が32議席中11議席獲得したこともあり56議席に減らした。19年の参院選で自民党の獲得議席数が2016年選挙並みの56議席にとどまれば、自民党の参院議席は改選と非改選合わせて112議席となる。

 6議席増加した参院定数での過半数は124議席となるが、112議席では自民党は単独過半数を下回ることになる(現有は125議席で単独過半数121を上回る)。自民党の参院過半数割れは安倍政権の基盤を揺るがす。

 今回の沖縄知事選挙は参院選に向けて野党共闘の大きな参考になったはずだ。玉城氏は翁長氏の「イデオロギーよりアイデンティティー」という考えを受け継ぎ共産、社民から自民、公明支持の一部までウイングを広げて戦った。沖縄県民のアイデンティティー(主体性)の確立とは本土政治の押し付け排除、米軍支配からの主体回復という意味だろう。

 もはや社会主義か資本主義などといったイデオロギーの差はない。参院選に望む野党は野党共闘に当たって安倍政権に代わるどのようなアイデンティティーを共に確立するのかが問われる。野党各党は国民の間に幅広くウイングを広げる政策を出し合い、複数選出区での野党候補のすみ分け、1人区での野党共闘の成立を実現する度量が試される。


じり貧の公明党、総理の改憲発議に押し切られれば票を失う恐れ

 もう一つは公明党の立ち位置だ。昨年の衆院選で公明票は危機ラインの700万票を割り込んだ。今回の沖縄知事選では支持母体の創価学会票が推薦した佐喜真氏に向かわず辺野古移転に反対する野党系の玉城氏に一部向かった。なぜか。公明党の地方組織及び創価学会員の間で公明党本部と安倍政権とのかかわり方に疑問が生じているためではないか。

 党本部は、今回の佐喜真候補支持だけでなく、これまでも「平和の党」公明党の看板を捨て、特定秘密保護法、武器輸出3原則の変更、新安保法制(集団的自衛権の一部容認)の成立に力を貸してきた...。安倍政権のブレーキ役になり得ず、総理に下僕に成り下がったのではないか、という懸念が支持母体の創価学会内部に芽生えているのかもしれない。

 さらに安倍総理は10月下旬からの臨時国会に自民党の改憲案を上程、参議院選前に国民投票への国会発議に持ち込むといっている。公明党は9条を含む現行憲法を書き換えるのではなく、環境権などを新たな条項として加憲するというのが党是だ。集団的自衛権の一部容認で安全保障上の対応は終わっていると考える学会員も少なくないのではないか。

 党本部は安倍総理に押し切られ改憲発議の強行を許せば、公明党は学会員とその周辺の選挙民の得票数をさらに失い参院比例区で議席数を減らすリスクがある。公明党は生命線ともいえる19年春の統一地方選挙にも負けるわけにはいかない。ほかにもトランプ政権との貿易交渉、消費税率の10%への引き上げなど安倍政権の決定次第ではこれに従う公明党が票を失う重要案件が少なくない。

 その一方、自民党は公明党票の上乗せがなければ1人区で「野党共闘」に勝てない。沖縄知事選はその感を強くさせた。安倍総理は改憲に慎重な公明党と創価学会員を押し切って改憲の発議を強行することができるか、2019年参院選挙の前に正念場を迎える。

2018年9月18日 17:16

プーチン発言で露見した成果が見えない「自慢の安倍外交」

(2018年9月18日筆)

 自民党総裁選の最中、ウラジオストックで開かれたロシア主催の「東方経済フォーラム」でプーチン大統領から「年内に日ロ平和条約を結ぼう、前提条件を付けずに」という発言が飛び出した。平和条約締結の「前提条件」は北方領土の帰属問題の解決というのが安倍総理とプーチン大統領の共通認識だったと聞かされてきたが、そうではなさそうだ。


歯舞、色丹返還に止まる62年前の日ソ共同宣言へ先祖返り

 プーチン発言は北方領土の帰属問題を「棚上げ」にして、日ロの経済協力などを前進させる平和条約を先行させようという主旨だろう。これをプーチン大統領は「今思いついたのだが」と冗談めかして述べたが、どうやら思いつきや冗談で言ったのではなさそうだ。

 この発言の前段でプーチンは「1956年の日ソ共同宣言は日本の国会でも承認された。その後、日本側が実施を拒否した」といっている。改めて1956年、鳩山一郎総理とブルガーニン・ソ連大臣会議議長の間で合意され両国議会が批准した共同宣言を見てみよう。

 日ソ共同宣言では、第1項で日ソ間の戦争状態の終了、第6項でソ連(ソヴィエト連邦社会主義共和国連邦)が日本に対する賠償請求権の放棄を宣言した。さらに第9項で両国間に正常な外交関係が回復された後、「平和条約の締結に関する交渉を継続する」とした。9項では、続いて以下のように書かれている。

 「ソ連は日本国の要請に応えかつ日本国の利益を考慮して、歯舞諸島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソ連との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」

 平和条約の締結は、通常、戦争状態の終了、賠償請求権さらに領土・国境線の確定という3項目の合意をもって完結する。前2項は1956年の日ソ共同宣言ですでに合意している。日ロ平和条約の締結は、残る「領土・国境線の確定(北方領土の帰属)」の合意によって完結するというのが、日ソ共同宣言の主旨だ。

 ただし、プーチン大統領が改めて言及した「日ソ共同宣言」は、歯舞諸島及び色丹島を平和条約締結後に引き渡すとだけ書かれており、日本側が主張する北方4島のうち国後島、択捉島の返還には一切触れていない。プーチン氏がフォーラムで「日本側が実施を拒否した」とも述べたが、これは日本側が共同宣言に書かれていない国後、択捉を含む北方4島の返還にこだわり、平和条約の締結を拒否しているという意味だろう。


国後、択捉はロシアの軍事戦略上の拠点、返還はあり得ない

 東方経済フォーラムでのプーチン発言は、62年前の日ソ共同宣言に先祖返りしたもので思いつきでも冗談でもなかった。彼には国後、択捉を返還する気など毛頭ないのだ。

 ロシアにとって北方領土を含むクリル諸島(千島列島)は、①ウラジオストック配備の主要艦艇の太平洋への自由なアクセスを確保する、②カムチャッカ半島の先端に配備する戦略原潜の航行を防護しオホーツク海での自由な活動を確保するという意味で、戦略的重要性がますます高まっている。クリル諸島の中間に位置する松輪(マツワ)島にはロシア太平洋艦隊の基地設営のための調査が実施されているという報道もある。

 防衛省によると、ロシア軍は国後、択捉両島にそれぞれ機関銃・砲兵連隊を置き、両島合わせて約3500人の兵隊が駐留を続けている。2016年には北海道に近い国後島の駐屯地を拡充、地対艦ミサイル「バル」(射程距離130キロ)を配備した。両島連隊の師団司令部がおかれている択捉島でも新駐屯地の建設がすすめられ地対艦ミサイル「バスチオン」(射程距離300キロ)の配備が確認されている。そのほか両島合わせて392の軍事関連施設の建設が予定されているという。

 安倍政権下で導入が進められているイージス・アショアには極東ロシアがすっぽり入る射程距離のミサイルSM3が搭載される。日米の軍事連携が強化される中、日本がSM3は防衛専一の迎撃ミサイルだからといってもロシアには脅威に映る。ロシアには北方領土、とりわけ太平洋への南の出口に当たる国後、択捉の戦略的重要性は増すばかりだろう。


「領土返還の希望を与えて対ロ投資を引き出すという芝居は続かない」

 こうしたプーチン大統領の姿勢は、22回にも上る安倍総理との首脳会談でも何ら変わることがなかったのではないか。

 安倍総理は2016年12月のプーチン大統領との首脳会談では、北方4島での共同経済活動や3000億円の極東ロシアでの対ロ経済協力を実施することで、「平和条約が結ばれ北方4島が返ってくる」という期待を国民に振りまいた。

 それについては、本ブログ「エビで大きな鯛を釣れるか? 3000億円の対ロ経済協力」(2016年12月19日)で詳しく触れたので繰り返さないが、その後1年9か月たっても北方4島の共同経済活動、極東ロシアでの対ロ経済協力が進んでいる気配がない。総理自身、「スムーズにいっていない」と認めており、エビ(経済協力)で大きな鯛(北方4島の返還)が釣れる状態になってはいないということだ。

 今回のプーチン発言に関してロシアの経済紙コメルサント(電子版)は、以下のような皮肉な専門家の解説を掲載したという。

 この専門家は、『日本の協力や投資を引き出すために「領土問題がいつかは解決するという希望を与えておけばよい」という認識がロシアにはあったが、思惑どおり協力は進まず、今回のプーチン提案で「(希望を与えて投資を引き出すという)芝居は続かないというモスクワの意思を示した」』(朝日新聞9月14日付け)と指摘したとという。

 専門家の解説が正しければプーチン氏のほうは、領土返還というエビで日本から対ロ経済協力という大きな鯛を釣ろうと芝居を打ったが叶わず、領土返還に対する本来の対日強硬姿勢をむき出しにしたということになる。


成果が見えない安倍外交、幻想を与えて政権維持計る政略に限界

 だが、日本がもっと大きなエビ(大規模な対ロ開発・輸入協力)を差し出しても、軍事戦略の拠点化を進めるプーチン大統領が国後・択捉まで返還するとは考えられない。

 相手のプーチン氏は元KGBの対外諜報部員だった。クリミヤ半島を併合して国際的批判を浴びても動じない「ロシアが第一」の策謀家だ。安倍総理は、大統領に「ウラジーミル」と呼び掛け、さも「親密さ」が日ロ交渉を前進させるという他愛のない幻想を日本国民に与え続けてきたが、見苦しい。もうよしたらどうか。自身の総理在任中に北方4島が返ってくるという幻想を国民に与え続け、政権の延命を図ることも止めたらどうか。

 上智大学の三浦まり法学部教授は、自民党総裁選の望む石破茂氏に対して、対トランプの貿易交渉、北朝鮮との拉致交渉、日ロの領土交渉など「安倍外交が本当に結果を伴っているのかを問うてほしい」とし、「安倍政権にとって実は外交が最も成功していない分野なのに十分語られていない。軍事や安全保障に強みを持つ石破氏だからこそ、安倍外交の対抗軸を示してほしい」と述べている(朝日新聞9月14日)。

 石破氏だけでなくジャーナリズムにも問うというなら三浦教授の言に全く同感だ。今回取り上げた日ロ交渉だけでなく、安倍外交の成果は実に疑わしいと小生も強く感じている。

2018年9月 3日 13:57

雑誌・書籍には朗報? 菅官房長官の携帯料金4割値下げ論

(2018年9月3日筆)

 小生も最近、携帯電話を長年使っていたガラケーからスマホへ変更した。電話とメールぐらいしか使わないので最低料金のプランにしてくれと頼んだが、ギガが小さすぎるだの、このメニューも追加できるだの、よく理解できないことをまくしたてられた。確か4年縛りの条件も付いたように思える。結局、契約終了後の料金が高いのか安いのか、高齢の小生にはよくわからなかった。


競争なき携帯大手3社の巨額な利益、高まる家計の携帯料金負担

 そんな折、菅官房長官が講演で、携帯電話の利用料は余りにも不透明で競争が働いていない、大手携帯電話会社は巨額の利益を上げており、「携帯料金は4割程度下げる余地がある」と述べた。携帯電話の利用料は余りにも不透明だという菅官房長官の指摘は小生も、つい最近体験したことになる。そして、携帯電話3社の利益が巨額であることも事実だ。
 
 大手携帯3社の2017年度営業利益額はソフトバンクGが1兆3038億円、NTTドコモ9732億円、KDDIは9627億円だった。いずれも上場企業の営業利益額ランキング5位以内に入っている。18年度はドコモ、KDDIも1兆円前後になるという。

 売上高営業利益率はソフトバンクGが14.2%、NTTドコモ20.4%、KDDIは19.1%だった。営業利益額首位のトヨタ自動車の営業利益率は8%だったから業態が違うとはいえ携帯3社の利益率は高い。携帯電話シェア9割の「競争なき大手3社」が「巨額の利益を上げている」のは菅官房長官がいうとおりだ。

 今後、携帯電話の寡占市場にどのような競争原理が持ち込まれるのか、携帯電話料金が実質的にどの程度引き下げられるのか、その行方については専門家の議論に待ちたい。携帯料金引き下げをめぐる小生の興味は、以下の表の数字に示されている。


年10万円を突破した携帯料金への支出、どんどん減る大学生の書籍費
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 総務省の家計調査(総所帯ベース)によると年間の電話通信料支出は2010年~17年の間に1万1436円増加(10.3%増)した。このうち固定電話への支出は8896円減少したが移動電話(携帯電話)への支出は2万339円増加、25.4%もの大幅増加になっている。利用料金が高いスマートフォンへの切り替えが進んだ影響が出た。

 その結果、税金、社会保険料支出を除いた正味の所帯消費支出に占める電話通信料の割合は3.66%から4.19%に上昇した。携帯電話への支出増加が家計を圧迫していることになる。

 家計消費支出が停滞、物価が上がらないのがアベノミクスの頭痛の種だ。社会保険料負担の増加などで家計収入の伸びが鈍い(高齢所帯は年金の減少で実収入そのものが減少)。そのうえ電話通信料をはじめNHKテレビ視聴料、電気・ガス・水道代、ガソリン代など固定費的支出が増え家計に余裕がなくなっていることも原因になっている。

 上表の大学生の書籍費(月額を年換算)は全国大学生協連の「学生生活実態調査」に示されたものだが、書籍費は同じ10年~17年の間に9000円減少(35.9%減)している。大学生の場合も、携帯電話の利用料金負担が増加して書籍購入に回すカネが減っているのではないか、と推測される。


スマホ利用代金に食われ書籍雑誌が減少、携帯料金値下げは出版業界の朗報?

 通勤通学の電車内の風景も様変わりだ。かつて車内で乗客の多くが雑誌や文庫、新書など読んでいたが、今では乗客のほとんどがスマホに見入っている。大学生だけでなくサラリーマンもスマホの利用料金の支払いに追われ書籍購入どころではないのだろう。

 そのせいだけではないだろうが、かつて小生も属していた出版業界の現状は惨憺たるものだ。紙の出版物の推定販売額(出版科学研究所調べ)は1996年の2兆6564億円(雑誌1兆4872億円、書籍1兆1692億円)をピークに減少を続け、2017年には1兆3701億円(雑誌6548億円、書籍7152億円)と半減した。

 やや八つ当たり気味の比較になるが、紙の出版物の推定販売額はソフトバンクGの営業利益並み、雑誌、書籍それぞれの販売額はNTTドコモ、KDDIの営業利益に遠く及ばない。紙の出版物の販売額(売上高)が携帯3社の営業利益に及ばないという凋落を前にして出版界OBの小生は胸を締め付けられ思いがする。

 そこに菅官房長官の携帯料金の4割程度値下げ論が登場した。なぜ4割程度なのか根拠がはっきりしない点もあるが、ともあれ、現状年間10万円超の携帯料金が4割値下げされれば年間4万円程度を他の消費に回せる余裕が出てくる。

 紙の出版物では書店の急速な減少、版元の経営危機、版元と書店をつなぐ取次の赤字化、取次を経由する物流網の崩壊と衰退が止まらない。紙の出版物の衰退を埋めるべく電子出版、ネット販売がもっと伸びてくれたらと思う。

 しかし、電子出版は伸びてきてはいるが紙の衰退を補えず、紙と電子合わせても出版物の販売額は減少が止まらない。紙の出版物でも電子出版物でもいいから、携帯料金の4割程度値下げで浮くはずの年間4万円の一部を出版物の購入に充ててもらいたい、それで出版業界の衰退を止めてもらいたいと出版OBの小生は思うばかりだ。

2018年8月20日 14:43

高齢所帯には日銀の2%物価目標など要らない


(2018年8月20日筆)

 日銀は「物価はすべて金融的現象だ」「マネーを増やせば物価は上がる」とするリフレ派の主張を元に異次元の量的・質的緩和を継続してきた。しかし、消費者物価上昇率は、5年以上にもなる異次元の金融緩和にもかかわらず、目標の2%に達しない。

 物価が上がらない理由を、時には消費税率引き上げの反動、時には原油価格の下落のためだと日銀はいってきた。直近では、省力化投資の拡大やインターネット通販の拡大、デジタル技術の進歩など新手の理由を挙げつらい、物価の下押し圧力になっているという。

 しかし、「物価はすべて金融的現象だ」というなら、他に物価が上がらない理由を挙げつらうのはおかしい。マネーを増やしても物価は上がらなかった、異次元の金融緩和という手段に狂いがあったと反省するのが日銀のとるべき態度だと思うが、口が裂けても「狂いがあった」などと黒田日銀総裁と安倍総理はいうまい。


国民の「デフレ慣れ」より家計の「値上げ許容度」の低下が原因

 それはさておき、気になるのは日銀が物価の上がらない理由の一つに、デフレの15年間(そのうち12年間は自民党政権)に国民に染み付いた「デフレマインド」を強調していることだ。

 日銀の「経済・物価情勢の展望(2018年7月)」にも「物価上昇率の高まりに時間を要している背景には、長期にわたる低成長やデフレの経験から、賃金・物価が上がりにくい考え方や慣行が根強く残っていることがある」と書かれている。国民が緩やかな継続的な物価下落(デフレ)に慣れて脱出できない、デフレ慣れ、デフレ好みの状態を続けているから賃金が上がらず、連れて物価も上がらないという意味だろう。

 しかし物価が上がらないのは国民の「デフレ慣れ」が原因ではなく、家計の「値上げ許容度」が低下しているためだ。

 勤労者所帯では、アベノミクス以降も賃上げが消費税上昇分を含む物価上昇に追い付かないうえ、社会保険料負担の増加などで可処分所得が増えてない。賃上げが見込めない高齢者所帯では、社会保障給付が大きく削減され実収入そのものが減少している。

 そのうえ原油価格や農畜産物価格などが上昇、生鮮食品や電力料金、ガソリン代など生活必需品の物価が上昇している。携帯、パソコンなど通信料金、医療費も下がらない。この状態では消費者は企業の値上げを受け入れることができない。家計の値上げ許容度は低下せざるを得ない状態にある。


消費の主役・高齢所帯の「値上げ許容度」は大きく低下している

 家計の値上げ許容度については、特に、その多くが年金生活となっている高齢所帯の現状に触れておかねばならない。下表は家計調査年報に基づく主として年金が収入源となっている、所帯主が65歳以上の無職所帯(二人所帯)の1か月平均の収入と支出だ。

所帯主が65歳以上の無職所帯―社会保障給付の減少が痛手(1か月当たり年平均、単位円)
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 アベノミクス以降、高齢所帯は年金など社会保障給付が年約14万円以上減ったことを主因として実収入が年17万円以上も減り消費縮小を余儀なくされている。高齢所帯は消費性向(可処分所得に占める消費支出の割合)もエンゲル係数(消費支出に占める食費の割合)も上昇した。

 唐鎌直義・立命館大教授が「国民生活基礎調査」をもとに分析した結果によれば、65歳以上の高齢者がいる653万所帯の貧困率(生活保護水準以下)は2016年には27%に上昇、女性独居の高齢者250万所帯の貧困率は56%超にもなるという。こうした貧困高齢所帯の家計に「値上げの許容度」などあるはずがない。

 実は日銀の2%物価目標にとって見逃せない障壁のひとつはこの高齢所帯の増加にある。高齢所帯の増加に伴い2000年以降、総消費支出に占める60歳以上の高齢所帯の比率は30%台から50%台に上昇している(家計調査)。いまや消費支出の主力部隊となった高齢所帯の値上げ許容度が低下しているという現実を政府・日銀は直視すべきだろう。


賃金と物価好循環の外側にいる高齢所帯、年金目減りも進行

 第一生命経済研究所の星野卓也氏は「伸びない物価を年金制度から考える」とする18年7月のレポートで「現行の年金制度と消費市場における高齢者の増加が物価上昇の妨げになっていると疑っている」と書いている。

 年金生活者は、日銀が想定する「需給の引き締まり→それに伴う賃金の上昇=雇用者所得の増加→販売価格の引き上げ」という好循環メカニズムの輪の外側にいる。高齢者の消費に占めるシェアが上昇、現行の年金制度の枠組みは高齢者の物価上昇への耐性低下、ひいては企業の価格転嫁への躊躇につながっているのではないか、と星野氏はいうのだ。

 星野氏は高齢者の物価上昇への耐性低下の背後に「年金の実質目減り」があると指摘している。星野氏は、続く18年8月のレポート「なぜマクロスライド未発動でも年金は実質目減りしているのか」で、消費者物価(総合)上昇率でデフレ―トされた2018年度の実質年金給付額はアベノミクス前の2012年度に比べ6%程度低下したと分析している。

 賃金・物価が上昇しているのに年金給付額が増えないどころか減少する...。そうした結果をもたらす現行の複雑な年金計算ルールについては上掲の星野レポートを参照されたい。

 賃上げがない、年金が目減りする高齢所帯にとっての消費者物価とは、生鮮食品、エネルギーを含む総合指数であり、消費税率引き上げの影響を除外しない消費者物価指数である。賃金・物価の好循環の外側にある高齢所帯が消費の主役であり、高齢所帯には日銀が目標とする2%の消費者物価上昇率もまた許容の範囲を超えていることを知らねばなるまい。

プロフィール
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大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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