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        <title>走るコンサルタント－東奔西走記</title>
        <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/</link>
        <description>【by 石渡　明】 コンサルタント・講師の傍ら、市民ランナーとしても活躍中の石渡氏。日常から生まれるビジネスのヒントを続々更新中。</description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2012</copyright>
        <lastBuildDate>Fri, 11 May 2012 15:47:36 +0900</lastBuildDate>
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            <title>ドライバーのマナー・常識</title>
            <description><![CDATA[<p>GW中に悲惨な交通事故が相次ぎました。特にバスに絡んだ事故が・・・亡くなられた方々のご家族には心からお悔やみを申し上げます。</p>
<p>そして大型休暇に繰り返される交通事故、交通量の単なる増加だけではない原因があるのだと思います。普段、あまり運転をされない人たちが行楽に車で出かける。そして渋滞に疲れ・・・また多くの観光客対応で、旅行会社、バス会社ともに安全優先を二の次にしてします・・・などなど。普段と違う状況が作り出される行楽シーズン、大型連休。どうも構造的な課題もあるのかもしれません。</p>
<p>行楽地への行き帰り、渋滞にはまりどうしても眠くなるのは必定です。そういう時は、10分でも20分でもよいので、SAやPAに入り仮眠をとることです。ここまでは、ドライバーだったら皆さんがわかっている対処法。問題は仮眠から覚めた後の行動です。短時間でも仮眠を取ると、案外すっきりと目が覚めた感覚を味わうでしょう。そこですぐにエンジンをかけ出発・・・でも、これはご法度です！</p>
<p>人は目が覚めたとき、すっきりしたと感じるのですが、まだ脳は動き出していないのだそうです。ちょうどパソコンの電源が入っても、すぐに作業ができるわけでなく、少々時間がかかるのと同じように、です。目が覚めたら、まず外へ出る。そして脳に酸素を送り込むようなイメージで深呼吸をします。できればドリンクを買って口に入れたり、少しでよいので食べものも口にする、とにかく身体を少し動かして全身を目覚めさせると良いようです。そして、脳が完全に目覚めたのを確認して車の運転を始めるのです。私はそうしています。</p>
<p>目が覚めた、と思って車を高速道路上に出しスピードを上げる。まだ脳が目覚めていませんから、当然判断のスピードやタイミングが遅れます。案外、それが要因で事故を起こすこともあるのではないでしょうか？</p>
<p>こんなこと、しょっちゅう運転されている方はわかっていることなのです。しかし、GWなどの行楽シーズンは、滅多にハンドルを握っていないファミリードライバーが多く出没します。だから事故が増えるんだ！などと短絡的に結び付ける気はありません。</p>
<p>ただ、こう事故が多いと、ただの不注意とかテクニック不足とか交通量が増えたからでは済まされない要因があるのでは？と考えてしまいます。登り坂でスピードが落ちて渋滞が起こる、とか、そのようなドライバーとしての"常識"やマナー、このあたりの欠如も注視しなければならないのではないでしょうか。</p>
<p>最近、気になるドライバーのマナーの一つとして、車を駐停車する際の位置取りがあります。仮に短時間の停車だとしても、それを追い抜きたい車は反対車線にどうしてもはみ出すのが通例です。仮に、反対車線にも停車したい車がいるとします。その時には、先に停車している車を追い抜く対向車線の車が通りやすいスペースを想定して、少し離れて停車させるのがマナーでありルールだと思うのです。それを堂々と先に停車している車に近づけて停車する車が目立ちます。昔、教習所でそのようなマナーというか常識を習った気がするのですが。最近のドライバーの傍若無人、というか自分が最優先・自分のことしか考えていないという姿勢が、そんな行動に表れているのではないでしょうか？たぶん、そういドライバーはちょっとでも注意されると、「そんなことあんたに言われる筋合いはないよ。どこに停めたって俺の自由だろっ！」とでも言うのでしょう。</p>
<p>事故とドライバーのマナーや常識、この関係が必ずしもあるとは言えないと思いますが、ドライバーとして少し考えてみる必要があるかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>]]></description>
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            <pubDate>Fri, 11 May 2012 15:47:36 +0900</pubDate>
        </item>
        
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            <title>社会に出たころの話～恩師への感謝</title>
            <description><![CDATA[<p>今日はGW中なので短い話で（笑）。</p>
<p>昨日、私が社会人としての第一歩を踏み出した船井総研の方からメールをいただきました。「今年の新入社員の入社式での船井先生の講話のビデオを見ていたら、石渡さんのお話をしていましたよ！」と。</p>
<p>私は「そりゃ光栄だけど・・・どうせ悪口かなぁ（笑）・・・」と返信したところ、「いやそうではないですよ。新卒一期生<wbr><span class="word_break"></span>の一番優秀な社員は石渡さんという話でした。<span>でもその若い優秀な社員よりコツを知ってるのでモテたと</span><wbr><span class="word_break"></span>いうオチでコツを知るのは大事という話でした。（笑）」と、丁寧な返信をもらいました。</p>
<p>まず「新卒一期生の一番優秀な社員・・・」という下りですが、たしかその年の新卒男子は私一人だったような気が・・・（笑）。でも確かにその話は覚えています。船井先生が「君と私で一緒に銀座のクラブにいったら、どちらが持てると思う？」という話でした。私はそのとき「私の方が若いから当然私の方がもてますよ！」などと言ったのだと思います。船井先生はにっこり笑い「それが私の方が持てるんだな・・・」と自信たっぷりに、その理由を説明してくれたことを思い出します。</p>
<p>何事も「コツ」というノウハウがあります。私はそれ以降、船井総研でいろいろなコツを身につけていくことになるのですが、それは今でも私の財産の一つになっています。そんな懐かしい、いやコンサルタントの原点ともいえる話を思い出せてくれた船井総研の方に感謝します。そして、船井先生に改めて感謝です。先生、そんな私も来年は還暦を迎えます。まだまだコンサルタントして修行しなければなりませんね！</p>]]></description>
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            <pubDate>Mon, 30 Apr 2012 12:48:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>認知心理学の奨め（３）</title>
            <description><![CDATA[<p>「人が認識時に陥りやすい過ち」について、前回は人が持つ「スキーマ」について簡単に解説しました。人は自分のもつスキーマを通して物事を認識したり理解しようとする、それはけっして間違ったことではなく、迅速な認識・理解を生み出す元でもあります。これを「認知経済性」と呼んでおきます。</p>
<p>まだ幼い幼児を連れた母親たちが、駐車してある車の前で世間話に華が咲いています。この車、実はトランスミッションが壊れていて、エンジンはかかるのですが動くことはありません。修理屋さんが車に乗り込み、とりあえずエンジンをかけてみます。ブルッ・ブルルン～とエンジン音がした瞬間に、母親たちは車の前から咄嗟に安全な歩道に飛び上がります。しかし、幼児たちはエンジン音に驚いて泣きますがその場を離れようとはしません。</p>
<p>これもスキーマがなせる業なのでしょう。大人たちは「エンジン音がしたら車が動き出す」というスキーマを持っている。しかし幼児にはまだそのようなスキーマが出来上がっていない。大人は身の安全を無意識にスキーマを通して判断しますが、まだそのようなスキーマのない子供たちは、もし車が動いていたら・・・</p>
<p>これは「経済性」というより、生きていく上で役立つ認知行動と言えるでしょう。そういう意味では、人は「スキーマを大きくしていく」というか、経験を踏んでスキーマを磨いていくことが必要です。その一方で自分のもつ偏ったり間違ったスキーマに左右されて、認識の誤りや混乱、偏見などにつながる恐れがあることを忘れてはいけません。</p>
<p>もう一つ、カクテルパーティ効果について。立食パーティで親しい友人と談笑しています。周りは同じように大勢の出席者がそれぞれの話題に華が咲いています。普段ならばそんな雑談は耳に入ってこないのですが、少し離れたところでビジネスマンたちが自分の会社の製品の話題を話しているのが聞こえてきました。その途端、そのグループの話す声や話題だけが妙に耳に入ってきます。そして友人との会話も上の空に・・・</p>
<p>これは、人は自分の興味のある話や情報に「選択的注意」を向けて、その結果、注意を向けた情報ばかりに目や耳がいき、それ以外の情報には目もくれなくなる。これが行き過ぎると、自分の興味のあることや、自分にとって都合の良い情報だけを取るようになり、それ以外を捨てる行動を無意識にとる可能性がある、ということです。</p>
<p>これもけっして悪いことばかりだけではないでしょう。ただ、人はこのような選択的注意による情報収集や情報操作を行う可能性があることを知っておく必要があります。</p>
<p>このような、人が陥りやすい過ちの多くは、人の認知行動に関わる心理的特性から発することが多いのです。まずは客観的に自分自身の認知行動の特性やパターンを知ることを、少しだけ意識していきましょう。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/2012/04/24/3347.php</link>
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            <pubDate>Tue, 24 Apr 2012 15:19:29 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>早稲田大学卒業準備プログラムのお奨め</title>
            <description><![CDATA[<p>一昨年から早稲田大学オープン教育センターで「卒業準備プログラム」なる講義を、eラーニングシステムを使って開講しています。詳細は下記ＵＲＬを参照してください。</p>
<p><a href="http://open-waseda.jp/open/program/graduation.php">http://open-waseda.jp/open/program/graduation.php</a></p>
<p>簡単に言えば、卒業して社会人として羽ばたいていく学生たちに、社会人として求められる基本的なスキルや能力を磨き身につけるきっかけを与えるプログラムです。単位とは関係のない、しかも有料の講座なのです。</p>
<p>このいわば社会人になる準備プログラムは、文科省からも各大学でしっかり取り組むように指導が出ているようで、全国の各大学での取り組みが始まっているそうです。</p>
<p>私は「論理的思考法による問題解決の基礎」という講座を担当しています。40分程度のレクチャーの講義とそれを基にした課題の提出を基本に、全8回のコースです。正直、基本中の基本ですが短時間のこの講座でお伝えしたいこと全てが言い尽くせているわけではありません。始めた当初は、レベルの高いことを期待していた学生から、「知っていることばかりで聞く価値はなかった！」などと酷評を受けたこともありました。たぶん、その学生は論理思考の基本はおろか、論理思考を使いこなしているハイレベルな学生だったのでしょう。</p>
<p>また、フルオンディマンドのため、課題へのフィードバックや講師としての個々人への指導・アドバイスなど、不完全なこともあるかもしれません。これはある意味、eラーニングの難しさやどう活用するか？という根本的な課題を突き付けてくれています。</p>
<p>しかし、そのような課題や不十分さも抱えながら、今年3年目に入りました。昨年あたりの学生の反応は概ね良好で、論理的思考法の基礎やそれを問題解決にどう使っていくのか、などを意識し学び続けていくきっかけになっていると確信しています。</p>
<p>そして、昨年からは開講第1週の直前に教室で対面講義を特別に実施しています。これは講師である私からのサービスです（笑）。たった40分で8回の講義ですが、論理的思考法の要諦と問題解決にどのような能力が必要か？その基本スキルは？などをコンパクトに理解していただける講座かと思います。そして、社会に出てからもこのようなスキル・能力は高め続けていかなければなりません。</p>
<p>残念ですがこの講座は、今のところは早稲田大学の3年生以上の学生と院生しか聴講することができません。しかし、社会人や他大学の方には、早稲田大学エクステンションセンターが提供している公開講座を受講していただけます。こちらは教室でしっかりと行う夜間オープンカレッジです。90分講義を7～10週間行いますので、さらなるスキルや能力アップには最適かもしれません。</p>
<p>ただ、こういうセミナーや講座を受けたからと言って、すぐに問題解決能力が身につくか？と言えばそれはまた違うことも事実です。実際に自分の仕事などで使ってみることが肝要です。まずは基本を知る、ツールやスキルの使い方を知る、学び続けていくことを知る、その辺りの意識や癖付けをしていくことが、問題解決の達人への道かもしれません。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/2012/04/17/3314.php</link>
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            <pubDate>Tue, 17 Apr 2012 16:27:05 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>春のマラソン大会の楽しみ方</title>
            <description><![CDATA[<p>先週の4月1日（日）、日本平さくらマラソン（２３ｋｍ）という静岡の大会に出かけました。今回はこの30年近く行こうと思ってなかなか行けなかった「丸子宿」のとろろを食べに行くことも、大きな目的でした。いやぁ、行列ができるほどのお店、さすがでした。美味しくいただきました。</p>
<p>春の大会は、地方の美味しいものを食べるという目的の他に、桜や春の花々を見に行ける、という楽しみがあります。日本平もまさに桜が咲き始めており、駿河湾越しに見える富士山や田子の浦方面の絶景を拝めるコースでした。</p>
<p>土曜日は大嵐が吹き荒れ、その中を丸子宿に向かいました。そしてとろろ飯だけでなく、今回は「吐月峰柴屋寺（とげっぽうさいおくじ）」という由緒正しい臨済宗妙心寺派のお寺を訪れました。ここは今川の殿様が京都から招聘した連歌師・宗長が1504年に草庵を建て、その後、今川氏親（義元の祖父）が寺に改めたと言われています。</p>
<p>京都銀閣寺の庭を模範としたといわれるだけあって、小さいのですが庭園は圧巻でした。この文化施設を守っている方からのお話を聞けば、それが納得できると思います。簡単に言えば、四季の風物を眺めながら歌を詠むための借景や題材を庭の設計に取り入れています。「そこまで考えて設計したんだぁ・・・」と驚いてしまいます。月が登ってくる東の裏山の竹藪、北斗七星の形をした庭の池、とにかく風流としか言いようがありません。</p>
<p>静岡の旅はこれ以外に、レース終了後に久能山東照宮にも初めて行ってきました。先ほどまでレースで喘ぎ喘ぎ９ｋｍほどを登っていた日本平パークウェイを、車であっという間に登り、ロープウェイで久能山へ行く道は、ちょっとしたドライブを楽しめます。久能山には家康公の墓所があります。日光東照宮と比べると規模は小さいのかもしれませんが、歴史を感じることができる場所でした。</p>
<p>ところで、日本平さくらマラソンですが、草薙陸上競技場をスタートして日本平の頂上まで行程９ｋｍ、標高差280ｍをひたすら上ります。そこまでの制限時間が60分ですから、かなり頑張らないと関門に引っかかってしまいそうです。私も54分弱で第1関門を通過しました。そこからは１４ｋｍまでの５ｋｍはただただ下るのみ。途中で富士山も拝めるビューポイントもありますが、なにせ転がり下りるような下りですので、のんびり観光するわけにはいきません。そして、苦しいのはそこからのほぼ平坦なロード９ｋｍなのです。山登りと下りで足を使い切ってしまうと、平坦な道でも脚が重くて前に出なくなるのです。</p>
<p>そこを走っているときに、ふと皆さんからよく質問される「走っているときって何を考えているのですか？」ということを思い出しました。実は私は最後の９ｋｍのロードでこんなことを考えていたのです。</p>
<p>「社会に出てすでに３６年目になるのかなぁ。３０代半ばまではさっき登ってきた上り坂じゃないけど、何かてっぺんを目指して必死で登っていたなぁ・・・いわゆるコンサルタントとしては"下積み生活"で、苦しかったりしんどかったり、何度も足を止めてみたくなったりしたなぁ・・・。でも３０代半ばを過ぎたら、やはりさっきの下り坂を転がり落ちるような勢いで駆け抜けたように、それまでに培ってきたスキルや能力、そして経験を使って、飛ぶ鳥を落とす勢いで快調に飛ばしていたなぁ・・・」</p>
<p>「でも、そろそろ若さで駆け抜けた時代が過ぎ、４０代半ばには武者修行に出る覚悟で居心地の良かった会社を飛び出し、外資系、戦略系、と渡り歩き、そして独立してインディペンデント・コンストラクターとして今もなおコンサルティングという職業で走り続けているんだなぁ・・・ちょうどこの平坦なロードのコースに入ったのかなぁ」などと、最後９ｋｍを走っているときに考えていたのです。</p>
<p>来年、私は還暦を迎えます。世間ではそろそろ定年とか、第二の人生をどうするか？などと考え始める齢です。でも、私はまだ社会に出て初めて就いた"職業"＝コンサルタントとして走り続けています。日本平さくらマラソンのこの最後の平坦なロード９ｋｍを走ればゴールがあるのかなぁ・・・と考えながら１７ｋｍ地点を通過しました。そこから跨線橋のような緩い上り坂に差し掛かったのです。途端に足が止まりました。目の前にある緩い坂は、元気なら快調に飛ばして乗り越えられる坂です。でも脚が出ません。今も仕事で昔のように徹夜を何日もしたり、無理が効かなくなっていることになぞらえていました。</p>
<p>そういえば、５０代の半ばに縁のないＩＴ系コンサル会社に一時席を置いたとき、あまりの慣れない仕事に心が折れそうになり、精神的に追い込まれる寸前までいったことを思い出しました。「そうか、あれが長い距離を走ってきた疲れ、限界を示していたんだなぁ・・・」などと回顧しました。結局、その短いレースはリタイアしたのですが・・・（笑）。</p>
<p>レースでは、最後の９ｋｍ、そのちょっとした坂を除けば歯を食いしばってはいましたが快調に飛ばせました。前半に抜かれた元気のよかった若い人たちを何人も追い抜き返し、最後の３ｋｍはロングスパートまでしました。私の職業人としてのレースも、すでに終盤に差し掛かっているんだなぁ・・・最後まできちんと走り抜かなければいけない！そして、最後はスパートできるくらいのフィニッシュを！なんてことを考えながら無事にゴール。振り返ってコースやボランティアの方々、応援して下さった沿道の皆さんたちに一礼し草薙競技場を後にしました。</p>
<p>日本平のコースは「登って下って、そして最後は平坦」という、自分が社会に出てからの歩みに思いを馳せるに相応しいコースだったのかもしれません。</p>
<p>何だか最近、こんな風に自分自身の人生や職業人としての歩みを考えながら走っていることも多い気がします。４８歳から走り出したただの趣味ですが、どうやら私の社会人としての人生が終わるときに走るのを止める、のか、いや走れなくなったら、社会人を止める、のか？どちらでもよいのですが、ただ今はどちらも走っていたいのです（笑）。</p>
<p>ちなみに昨日は、山梨県笛吹市の小さな大会で１０ｋｍのレースを走ってきました。例年なら桃の花が満開の中を、南アルプスを眺めながら走る大会ですが、今年は桃の開花が２週間ほど遅れているそうで、"桃の枝"をたくさん見ながら走ってきました。ゴール後の仲間との酒宴（笑）、これもまた春の大会の楽しみ方です。そう、私たちは健康のため、仲間と楽しむため、そして地方とのインターフェイスを求めてジョギングを楽しむ一般市民ランナーなのですから！長く走っていたいのです。</p>]]></description>
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            <pubDate>Mon, 09 Apr 2012 13:48:18 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>認知心理学の奨め（２）</title>
            <description><![CDATA[<p>前回はビジネスパーソンにとって、なぜ認知心理学のアプローチが必要かを述べました。要約すれば、</p>
<ol>
<li>人の認識や判断には心理的要素が強く影響することで、人によって事実認識を誤ったり異なる判断になったり、間違いを犯すことはだれもが経験的に知っている。</li>
<li>しかし、そこには普遍的な要因が多くあることを知っている人は少ない。「認知心理学」や「社会心理学」は、そのような人に共通する認識や判断の誤りの傾向を、様々な科学的実験を通して実証している。</li>
<li>「クリティカルに視て正しい認識と理解ができる」ようになるために、「人間心理と認識・判断の関係」を冷静、かつ客観的に見つめる必要がある。</li></ol>
<p>ということです。そこで、「人が陥りやすい過ち」とは、例えば何？という点について考えてみたいと思います。</p>
<p>例題：外科医の正体はだれ？</p>
<p>父親と息子が2人で出かけたところ、息子が目の前で交通事故にあってしまう。父親は息子と救急車で病院へ向かう。病院へ着くと、出てきた外科医が叫んだ。「どうして私の息子が！！」と。さて、この外科医の正体はだれ？</p>
<p>＜解説＞　これは人間の「認識」はその人の持つ"スキーマ"に左右され、時として判断に混乱を生じさせたり、認識を誤らせたりする、という例です。"スキーマ"とは、人は情報を知覚すると、それまでに蓄積された種々の知識と照らし合わせてその意味を認識しようとします。その頭の中に蓄積された集合体を「スキーマ」と呼びます。</p>
<p>この例の場合は、「外科医＝男性」だというイメージを、無意識かもしれませんが持っていると、「えっ、だって父親と一緒に病院へ行ったのに・・・いったい誰？」と一瞬混乱を招くのです。冷静に考えればその外科医は「母親」だったのですが・・・。「な～んだ、そんなこと下らない頓智じゃないか」と考えないでください。スキーマとはけっして悪いものではなく、近く情報や実情を認識する場合、「それまでのその人が得ている知識と対比させて（＝スキーマを通して）意味を認識する」訳ですから、スキーマが"大きく・広い"人は、様々な認識・理解を瞬時に、かつ効率的にできることになります。これは認知心理学的に言えば「認知経済性」が高い、ということになるのです。</p>
<p>皆さんはこのような自分のもつ「スキーマ」で、ものごとを誤って認識して混乱したり、間違いを犯した経験はありませんか？自分のケースで思い起こしてみて下さい。</p>]]></description>
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            <pubDate>Thu, 29 Mar 2012 21:22:28 +0900</pubDate>
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            <title>新社会人に贈るエール</title>
            <description><![CDATA[<p>まもなく新社会人が、期待と不安を胸に社会に羽ばたいていく季節になりました。私の大学生の教え子たちも、その中の一人です。また、来月早々にある会社の新人研修で、そのようなフレッシュマンの目で講話をする機会があります。</p>
<p>最近、企業の人事担当者から聞こえてくる声の一つに、「新卒はすぐに辞めるんですよね・・・自分の思いと違ったとか、こんな会社だとは思わなかった、自分のやりたいことと違った・・・とか言って・・・」という嘆きがあります。またもう一つの兆候として、入社してしばらくするといわゆる"心の病"に陥り、出社できなくなるとか精神的に追い込まれて、結局退社していく若者も増えているようです。</p>
<p>そんなこともあり私はここ数年、社会に旅立つ若者たちに、「スタートは何度でもできる！」ということをお話しています。だから、最初のスタートでうまくいかなくても、出場できるレースがあれば何度ででもスタートラインに立てるんだ、ということです。</p>
<p>就活中の学生から相談されることの一つに、「自分は○○をやりたいのですが、この会社はそいうことをやらせてくれる会社でしょうか？」とか、「自己実現できる会社はどこでしょうか？」というような質問があります。確かに"自分が希望すること・やりたいことをやらせてくれる"会社があればいいですよね。そして"自己実現ができる"会社ならさらにHappyでしょう。でも、そんな会社、あるのでしょうか？</p>
<p>特に「自己実現」なんて、私のような齢になってもまだまだその域に達していない未熟者から見ると、二の句が継げなくなります（笑）。私にとって自己実現とは一言でいえば、「自分の本来持っている能力や可能性を最大限に発揮すること」であり、そのポテンシャルを高めるためには、ある程度の"修行"（ビジネス思考力＝問題解決能力を高める学び・トレーニングを積み顕在能力を高めたり、そのための経験を重ねていく）ことが不可欠だと思っています。私はこの"修行"に時間を費やしてしまったのでしょうか？自己実現なんていう境地は、40代後半になってから少しはできてきたのかな？という感じです。それを社会に出る前の若者に問われてもね・・・</p>
<p>自分の好きなこと、やりたいこと、得意なことだけを社会に出てできるなんて、そんな恵まれる人はほんの一握りです。まずは「自立」のために、社会という大海原に出航していく「器＝船の性能」を高めることにチャレンジしてほしいと思います。「自立」とは職業人として「立たせる段階」、つまり 知識や技能、人脈を習得・獲得して独り立ちし業務を処理できるようになり、自分の稼ぎで生計を立てられるようになることだと考えてみたらどうでしょうか。会社はそのための"場"です。たまたま、社会に出るときの最初の場なのです。その場で学べること・身につけることを、まずは貪欲に吸収してみましょう。もし、その"場"が貧相な場で、何も身につけることがないとしたら、"場を変える"ことは悪いことではありません。次の"場"でまたスタートを切ればよいのです。もちろん、最初の"場"で生涯学び、自己実現がしていけるなら、そんなラッキーなことはありません。</p>
<p>マラソン大会が数多くあり、自分が出たいレースのスタートラインに何度でも立てるように、社会に出てもスタートラインには何度でも立てると考えましょう。最初のスタートでうまくいかなくても、また次のレースを選んで再度スタートを切るのです。だから、社会に出て最初の"場"でうまくいかなかったからと言って、落胆・失望することはありません。大企業ではありがちの「配属先への落胆」もこれと同じです。</p>
<p>こんなことを言うと、「積極的な転職の勧め」をしているのか、と企業の人事担当の方から怒られそうですが、そうではないのです。会社側もしっかりとした「自立のための場」を用意できるかどうか、それが大切なのではないでしょうか？今の就職活動は、「就職」ではなく実際は「就社活動」になっているのですから、なおさらです。</p>
<p>さあ、新社会人の皆さん、それぞれのスタートラインに運良く立てた人は、社会人という人生の中でたぶん最も長いレースを楽しめるようにスタートを切りましょう！もし、運悪く"就社"が叶わなかった人は、最初からビッグネームの大会を狙わずに、いろいろなレースを探してまずはスタートを切りましょう。そしていろいろなレースに出ながら、自分の力を最大限に発揮できそうなレースをしっかり走り切りましょう。自己実現なんて、まだまだその先なのです。</p>
<p>私はまもなく社会人というレースのゴールに近づいた選手ですが、皆さんを陰ながら応援しています。Enjoy the race！</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/2012/03/27/3235.php</link>
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            <pubDate>Tue, 27 Mar 2012 10:51:14 +0900</pubDate>
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            <title>認知心理学の奨め（１）</title>
            <description><![CDATA[<p>一昨年くらいから、少しずつですが認知心理学について勉強し始めました。これ、けっこう面白いです！元はと言えば、問題解決力を高めるためにビジネス思考力をいかに身につけるか？を考えていた時に、「問題認識」や「問題発見」に際して人間の知覚や認識における過ちの落とし穴に気がついたからです。</p>
<p>問題解決の手法やアプローチ方法は、どちらかと言えば「論理に厳しく」なければなりません。その「論理による組み立て」、つまり「最適な解決方法を考え選択する」前のステップに、「問題を認識・発見し特定する」というステップがあることを忘れてはならないということです。このステップとは、「事実を知る」・「問題を認識する」・「意味を判断する」・「問題の所在を突き止める」という流れでしょうか。その後に、解決方法を組み立て実行手順を決め実行に移し評価する、というステップがあるわけです。</p>
<p>その最初のステップ、つまり「知覚・認識・理解」するパートで、人は共通の"間違いやすさ"の罠にはまることが度々あるのです。この人の「近く・認識」に関する認知行動に共通の間違いやすさについての理解をするために、認知心理学・行動学や知覚心理学の知識が役に立つのです。</p>
<p>「クリティカルシンキング」という言葉をよく聞くと思います。ロジカルシンキングが「ものごとを筋道を立てて考え、組み立て、わかりやすくする思考法」だとすれば、クリティカルシンキングは、「ものごとの真偽を見分けながら、推論していくことで、正しい認識と理解を得る思考」とでもいうべきでしょうか。</p>
<p>人の認識や判断には"心理的要素"が強く影響することで、人によって異なる認識や理解をし、異なる判断になったり、間違いを犯すことはだれもが経験的に知っています。しかし、そこには普遍的なものが多くあることを知っている人は少ないのではないでしょうか。認知心理学や社会心理学は、そのような人に共通する認識や判断の誤りの傾向を、様々な科学的実験を通して実証しようという学問です。「クリティカルに視て、正しい認識と理解ができる」ようになるためには、「人間心理と認識・判断の関係」を冷静、かつ客観的に見つめる必要があるのです。</p>
<p>認知心理学をこのような観点で学んでいくことで、よりクリティカルシンキングができるようになり、つまり問題解決能力のインフラが整うのではないでしょうか？次回からは、認知心理学的なアプローチから、人が陥りやすい認識間違いの罠について紹介していきたいと思います。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/2012/03/14/3146.php</link>
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            <pubDate>Wed, 14 Mar 2012 22:18:27 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>今年も能登和倉の季節が</title>
            <description><![CDATA[<p>震災からまもなく1年が経とうとしています。昨年の震災直後の3月13日、おそらく全国で唯一開催されたマラソンの大会がありました。「能登和倉マラソン大会」です。主催の七尾市他の関係者は開催に躊躇したことは間違いありません。「こんな時にマラソン大会を開くなんて・・・」という非難が必ず浴びせられることは予想されます。一方で参加する側も、躊躇いは感ずるはずです。しかし1年ほど前のブログにも書きましたが、この大会は能登輪島地震の際に全国から寄せられた支援に感謝する（復興しつつある能登から感謝と元気を発信する）目的もあったようで、その意味で主催者は"開催"の決断をしました。そんな主催者の声を聴いた上で、私は参加を決め現地へ向かいました。</p>
<p>大会前日、つまり震災翌日の土曜日、受付会場はやや重苦しい雰囲気に包まれていたような気がします。義援金募金箱が何か所にも設置され、スタート地点のゲート看板は「東日本大震災復興祈念大会」と書き換えられています。当日スタート前には1分間の黙祷がランナー、応援者、和倉の旅館街全体で捧げられ、ランナーの中には手書きで「頑張れ、東北！」と書かれた紙・布をTシャツに括り付けている人が大勢いました。</p>
<p>震災当日、早稲田に居た私も帰宅難民になりました。それでも家内の実家に安否の確認に寄り、それから川崎に自宅まで革靴のまま、約20㎞を歩いたり走って帰宅しました。その疲れもあったのでしょうが、身体が重くて満足な走りができません。でも不思議と"苦しい"とか"きつい"という感覚にはなりませんでした。いやなれなかった、というべきでしょうか。津波や被災地の映像、当時行方不明者が2万人を超える、といった報道を見ていたこともあるかもしれません。普通、「こんな時にフルマラソンを呑気に走るなんて何考えてんの？」と非難されても返す言葉もないのですから。「苦しい」とか「きつい」なんてことは感じちゃいけないんだ・・・みたいな気持ちが無意識にあったような気がします。何とか無事に4時間を切って完走して、その感謝の気持ちをゴール後に募金に投じた記憶があります。</p>
<p>さて、今年はくしくも3月11日が大会です。黙祷をしてからのスタートとなるでしょう。もちろん私はピンクの「おだづなよ！」Tシャツを着て走ります。1回目と3回目に優勝している早稲田OBの三輪選手も出場するのでしょうか？箱根を全力で駆け抜けた彼の快走を折り返しコースで見るのが嬉しいのです。そして連覇を狙ってほしいと思います。そして、ペースランナーのスパイダーマン・ブラックさん、今年も走りますか？今回は年末からの多忙で練習不足なので4時間切りは難しいと思いますが、必死についていきます！また、震災後に気仙沼の日本酒の販売支援に、個人的にお願いして力を貸してくれた高校の同級生も出場します。皆さんとの再会が楽しみです。</p>
<p>この大会は、2年前に人生で初めて4時間を切った大会でもありました。今年は50代最後の年、そして毎年この大会前後が結婚記念日でもある私にとって、いろいろな意味で最も忘れられない大会になってきました。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/2012/03/03/3096.php</link>
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            <pubDate>Sat, 03 Mar 2012 11:59:46 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>65歳まで働く・・・</title>
            <description><![CDATA[<p>日本は国を挙げて、企業は65歳までは雇用しなければならない・・・みたいな方向へ向かっています。一面では正しい方向だと思います。高齢化社会が進むこれからを考えれば、例えば年金原資を若い人たちだけに頼れなくなっているわけですから、元気な高齢者に働いてもらって社会保障の基盤に少しだけ貢献してもらう・・・もちろんそれが目的ではないのですが、そういう効果も考えられなくはありません。</p>
<p>企業では「進路選択制度」などといって、例えば55歳を迎えるときに、①早期退職、②定年退職、③再雇用コース、の中から選択をする、といった再雇用の仕組みをすでに持っているところもあります。①は退職金などを割増し55歳でリタイアする。②はその会社が60歳定年ならば、60歳ですっぱり退職金をもらって辞める。③は60歳まではそれまでの給料の例えば7割くらいの給与で働いてもらい、60歳を超えたらさらに給料は下がりますが、1年ごとに嘱託社員のような形で65歳まで勤めることができる。というようなやり方です。ただし③を選択した再雇用社員は、会社都合で首にできない、という足枷が付きます。</p>
<p>もし、政府が65歳までの雇用を企業に義務付けるとしたら、まず考えるべきは65歳までの高齢社員の活かし方、その人件費が経営に与えるインパクト、そして費用対効果、さらに後継人材も含めた人事制度、人材戦略の設計見直しです。そうなることを想定して、今からその準備を進めなければならないと思います。</p>
<p>しかし、もう一方で・・・本当にそれまでの雇用先で65歳まで働く・働かせることがいいことばかりなのでしょうか？私たち高齢者はそれをよしとしていいのでしょうか？それまで勤めた会社が、あと5年雇ってあげる、と言ってくれる。それはそれでありがたいことです。でも、私なら・・・</p>
<p>60歳から何か別のことをやりたいと思うのは贅沢でしょうか？それまで居た組織というか村は居心地はよいかもしれません。でも今の60歳は元気です。健康です。しかもそこそこお金も時間もあるとしたら・・・何か他のことをやりたいと思わないのでしょうか？私も来年60歳になります。たまたま私は組織に属さず、自分の"腕一本"で何とか生業を立てています。定年も早期退職も、再雇用もありません。だから死ぬまで働きますが、すでに半ば自由人。自分の好きなことをして生業を立てていますので、ホント恵まれているのかもしれません。</p>
<p>再雇用、確かにある種、響きのよい概念かもしれません。高齢化社会の宿命なのかもしれません。でも高齢者はもっと自立しないといけないのではないでしょうか？いや、もっと自由に少しだけ羽ばたいてもよいのではないでしょうか？社会のシステムに組み込まれて65歳まで働く・・・それも一つの選択肢ですし、生活のためにはやむを得ない場合もあるでしょう。いろいろな生き方が60歳を超えて可能になる。そんな社会になるといいですね。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/2012/02/29/3089.php</link>
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            <pubDate>Wed, 29 Feb 2012 10:00:22 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>日本人のマナーはどうなったのか？</title>
            <description><![CDATA[<p>前回、青梅マラソンでのマナー知らずのランナーについて、怒りというかむしろ悲しい思いをぶつけました。その後、よく考えたり世の中を見ていると、どうやらランナーだけではないような気がしてきました。</p>
<p>例えば、電車の中での携帯・スマホの使用、道路への駐停車の仕方、エレベーターなどの出入り時のちょっとした会釈や挨拶、ファミレスなどでやたらホールスタッフに威張り散らすお客、高速のSAに家庭ごみを持ち込み捨てる輩、環八の中央分離帯に空き缶やゴミを投げ捨てるドライバー、我が物顔で歩道を走るチャリ族、違法を指摘されると逆切れする人たち・・・挙げていったら切りがないくらい気になるシーンに出逢うこの頃です。</p>
<p>でも、他の国ではもっとマナー知らずの人たちがいるよ。日本人はまだいい方だよね・・・という声も聴きます。確かに例えば知財権の侵害など日常茶飯事の国もあるので、どこの国とは申し上げませんが、そういうところと比べたらまだましなのでしょうか・・・単なる教育レベルの問題なのか、それとも人としての"品格"の問題なのか、でもそういうことだけでは済まされないような気もします。</p>
<p>昔の日本人がマナーが100％良かったとは言いません。でも最近の日本人のマナー低下が気になるのは、私だけなのでしょうか？では、誰はいけないのか？と問われても明快な応えは返せません。家庭や親、学校、職場・・・あらゆる社会単位で、考え直さなければいけないところにきているのかもしれません。</p>
<p>みなさんの周りで、気になる日本人のマナー、どんなことがあるでしょうか？少し考えてみませんか。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/2012/02/28/3085.php</link>
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            <pubDate>Tue, 28 Feb 2012 21:41:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>またランナーの傍若無人ぶりを嘆く</title>
            <description><![CDATA[<p>青梅マラソン、走ってきました。また悲しい、というか怒りの出来事が・・・</p>
<p>スタート直後のこと、後方からスタートした速いランナーが、混み合うスタート直後の列を縫うように追い越しをかけていきました。しかも、斜めに横切る不規則な動きで。その瞬間、年配のランナの脚に一瞬引っかかったようです。その年配ランナーは転倒します。そしてその後ろからきたランナーも転倒した方を除けようと転倒。</p>
<p>思わず周囲から「おまえ！」と罵声が浴びせられますが、速いランナーは後ろには目もくれず人混みに消えていきました。私は思わず追いかけ首根っこを押さえて一発殴ってやりたい気分になりました。もはやマナーの問題ではなく、走路員がしっかりと見て、その場で失格処分にするくらいの厳しさが必要ではないでしょうか？その速いランナーのナンバーは・・・覚えていますが公開するのも大人げないですかね・・・（笑）</p>
<p>たしかに、陸連登録の選手が前からスタートし、非登録のランナーが持ちタイムの速い順に2000番から並びます。私たちより早いエリート市民ランナーが大勢いることはわかっています。少しでも早く前に出ていきたい気持ちもわかります。しかし、だからといって暴走族まがいの走行が許されるのでしょうか？ラン友にに聞いたとところ、青梅のレース中に何度かランナー同士の言い争いを見かけた（身体が触れたとか唾を吐きかえられた、とかいう類）を見かけたそうです。そのうち、どこかのレースで暴力沙汰（車内暴力ならぬジョグ中暴力？）が起こる予感がします。</p>
<p>速い人は右側を追い越し、遅い人は左へ寄る、こんな簡単なマナーを知らない人が増えたのでしょうか？こういうことを言うと「だれがそんなことを決めたの？」と言いがかりをつけられそうですね（笑）。あと、同じくラン友が、センターライン沿いに2人で並んで歩いているランナーがいたので、それは注意した、と言っていました。きっと、最近のにわかランナーたちはそんなことは知らないのでしょう。それこそ「どこをどうやって歩くのも私たちの自由でしょ！」と逆切れされそうです。</p>
<p>過去、何度もランナーのマナー低下を嘆いてきましたが、そろそろ何か行動を起こさなければ、と思い始めています。何ができるのでしょうか？少し考えてみたいと思います。たとえば、免許交付の際にもらう交通規則集みたいなジョグマナー集を、ランニング用品販売業者に添付を義務付けるとか、各レースの主催者にもそのマナー集を配布してもらうなど。もちろん、そのマナー集は私たちで作成しなければならないでしょうが。市民ランナーのみなさんたちはどう思われますか？</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/2012/02/20/3067.php</link>
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            <pubDate>Mon, 20 Feb 2012 13:46:05 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>被災地支援のかたち</title>
            <description><![CDATA[<p>まもなくあの大震災から１年を迎えようとしています。当初、日本中、いや世界中から寄せられる募金や義捐金、そして現地へ入りボランティア活動を希望する人々など、支援の輪は大きく広がりました。家族や友人の命を奪われただけでなく、家や仕事を失い生きていく希望さえなくしかけた被災者の方々、そして地震が招いたとはいえ、天災とは言い難い福島原発事故による被災者の方々を支えようという絆は、大きなうねりを巻き起こしました。</p>
<p>しかし、時間が経つにつれて、救援・救済から復興へとステージが変わりつつあり、私たちができる支援の形も変容しつつあります。私もとにかく募金"というかたちだけでなく、救援物資でホントに足りないものは何か？に耳を傾け、例えば子供たちの歯ブラシが足りない、と聞けばそれらを買い求め送ったりもしました。マスコミが出す情報だけでは現地の本当の声が見えません。そんな時にたまたま聞いた気仙沼の実家が被災したランニング仲間からの情報を基に、酒造メーカーの日本酒をネットなどで買うこと協力したりしました。</p>
<p>夏になっても義捐金が被災者の手元になかなか届いていない実態も分かり、自分たちが託けたお金の行先もわからず、だったら直接被災者の元に届くような義捐金の出し方もしてみました。このブログでも取り上げた「おだＴ」などです。そして、年末が近づいたときに、避難所暮らしの方々に、おせち料理を食べてもらおう、という企画があることを知り、我が家も２万円を投じて参画しました。京都のある料理屋さんがつくったおせちで、被災者宅と我が家に同じものが届きます。どの被災者の方に食べていただいたかは存じませんが、私たちは「これと同じものを食べていただいているんだな～。美味しいを思ってもらえるといいね・・・」と話しながら新年を迎えました。</p>
<p>おそらく、皆さんもいろいろな形での支援の手を差し伸べ続けている方が多いのではと思います。形は一つではありません。そんな時にＮＨＫの朝の番組で、俳優の伊勢谷友介氏を中心に行っている「元気玉プロジェクト」が取り上げられました。伊勢谷氏は震災直後から独自の支援活動を迅速に行ったことで注目を浴びました。そしてこの元気玉プロジェクトも反響を呼んでいます。特に福島の原発事故について、彼は「私たち都会で暮らす者が原発の恩恵に与ってきたはずなのに、知らん顔をできないんです。まずは誤らないといけないんです・・・」と語る場面では、思わず目頭が熱くなりました。ご存知の方が多いとは思いますが、詳しくは下記ＵＲＬをご参照ください。</p>
<p>元気玉プロジェクトＵＲＬ⇒　<a href="http://camp-fire.jp/genkidama">http://camp-fire.jp/genkidama</a></p>
<p>実に復興支援が目に見える形での展開です。ワンコイン（５００円）から参加できる支援、けっして見返りを求めない応援団の一員となる仕組みです。以前、日本人の寄付に対する独特の心情について、本ブログで語ったことがありました。そんなグローバル感覚とは少しずれた？日本人でも気軽に参画できる新しい寄付の形と言ってもよいかもしれません。伊勢谷氏は番組の中で「自分の出せる範囲で出せる、新たな"税金"みたいな感覚で・・・」とおっしゃっています。思わずイイネ！とつぶやいてしまいました。こんな税金だったら、喜んで出したいと思うはずです。</p>
<p>支援の形はいろいろです。大切なことに一つに、これから復興を果たすまでの長い間、私たちが支援に参画し続けることです。過去の出来事だと、忘却の彼方に追いやってはなりません。今こそ、一人一人ができることを、無理なくやり続けましょう。そのポイントは、被災者の方々が何を思い、現地ではどのような動きやホントの課題があるのかを、キャッチすることです。</p>
<p>そんなチャンスの一つに、先ほど触れた気仙沼の実家が被災した仲間が企画している、追悼ラン＆ウォークの企画をご紹介します。</p>
<p><a href="http://blog.oyama.tv/kesennuma_run">http://blog.oyama.tv/kesennuma_run</a></p>
<p>彼女は以前から「とにかく今の現地を見てほしい！現地の人たちと話してほしい！現地を感じてほしい！」と、周囲に語っています。お金を出したりボランティア活動をするだけが支援ではありません。現地の様子を、色を、匂いを、形を直接見て、聞いて、嗅いで・・・そこから、自分たちができる支援の形を考えるだけでもいいと思います。私は今回は別の形で追悼の意を込めた１年目の3.11を迎える予定があり参加できないのですが、次回はぜひ参加したいと思っています。</p>
<p>被災地支援のいろいろなかたち。皆さんたちも改めて考えてみませんか？</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/2012/02/09/3046.php</link>
            <guid>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/2012/02/09/3046.php</guid>
            
            
            <pubDate>Thu, 09 Feb 2012 14:52:02 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ある実況中継</title>
            <description><![CDATA[<p>先日、大阪国際女子マラソンがありました。重友選手というニューヒロインが現れ、ロンドン五輪へ向けて期待が膨らみました。</p>
<p>市民ランナーの端くれとしては、ＴＶを見ながら手に汗握り声援を送りました。ところがその実況中継中に、耳障りなアナウンサーの声が・・・まずは8年ぶりにオリンピックを目指した坂本選手が遅れ出したとき。「坂本選手のオリンピック出場の思いが、徐々に小さく・遠くなっていきます！・・・」と。</p>
<p>その後、野尻選手、そして福士選手が遅れ出すたびに、「オリンピックの夢が小さくなっていきます・・・」という、まるでお決まりの台詞のごとく、同じフレーズを連発します。</p>
<p>おそらくこのアナウンサーは無意識にこのフレーズが出たのかもしれません。あるいはこのレースがオリンピック代表を選ぶレースだったので、このフレーズを用意して使おうと考えていたのかもしれません。</p>
<p>私はこの実況を聞いたときに、「なんて感じの悪い、無神経な言い方をするんだろう」と不快な気分になりました。たしかにフルマラソンでは一度失速し後退するということは、脚が走る力を失い回復不可能、つまりほとんど勝負では負けを意味します。だからと言って、けっして100％勝負がついたわけではありません。</p>
<p>実際、野尻選手は終盤必死でトップを追いかけ、3位ながら24分台でゴールしています。男子では市民ランナーの星・川内選手が同じように終盤、エリートランナーの山の神・今井選手らに追いつき追い越してゴールしたシーンがありました。</p>
<p>この中継をしたＴＶ局のスポーツ実況中継は、昔からやや情緒的に悲壮感を煽ったり、お涙頂戴的なところがありました。バレーボール中継では大の男のアナウンサーが涙声でインタビューしたり、大げさなフレーズや誇張した表現でドラマ仕立てにするのがどうも得意なようです（笑）。</p>
<p>マラソンはプロであろうが素人であろうが、前に向かう気持ちの強さが走力に加えて大切です。遅れ出した選手たちは、けっして諦めたわけでなく、気持ちの中では"前に・前に"という気持ちで自分を鼓舞し続けているのです。ただの市民ランナーの私でも、35㎞からの終盤でそれまでよりも少しだけですが速く走れることがあります。強い気持ちがそれを後押しするのです。</p>
<p>「オリンピックの夢が遠くなっていきます・・・」。たしかにその通りなのかもしれません。しかしその連呼に実に不快感を覚えたのは私だけでしょうか？オリンピックが全てではないはずです。そして、どうせ感情を込めて実況するなら、「強い気持ちを持って、沿道の声援を追い風に、前へ前へと夢を追いかけろ！まだ諦めてはいけません！」と叫んでほしかったですね。あと、このアナウンサー、ぜひ自分でフルマラソンを走ってください（笑）。その競技の特性を経験で知ることは、実況中継に必ずや役に立つはずですよ。</p>
<p>ついでにもう一つ。マラソンの解説者たちも、もう少しプロらしい解説をして欲しいですね。親子や家庭などのプライベートを、秘話的に披露する解説者がいます。そういう芸能レポーター的な話が好きなファンも多いかもしれませんが、技術的なことを素人にもわかりやすく解説したり、ランナーの気持ちの変化、沿道の応援のマナーや声援方法など、もっと専門的なことを解説をして下さい。そしてアナウンサーが的外れなことを言ったら窘めるくらいの気概が欲しい。そんな感想をもつのも私だけでしょうか？（笑）</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/2012/01/30/3027.php</link>
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            <pubDate>Mon, 30 Jan 2012 22:32:04 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>温泉ソムリエのこと</title>
            <description><![CDATA[<p>"温泉ソムリエ"、聞いたことがありますか？下記のURLでご参照ください。</p>
<p><a href="http://onsen-s.com/">http://onsen-s.com/</a></p>
<p>この「温泉ソムリエ」を考案し、普及し、多くの温泉ソムリエを認定している"家元"の遠間和広さん、TVやラジオ出演だけでなく、東京での温泉ソムリエ認定セミナーの講師として、まさに東奔西走されています。来年、私と同じ年男（もちろん彼は一回り下ですよ！）で、赤倉の老舗旅館の旦那をやっています。</p>
<p>遠間さんとは、今から26～27年前になるでしょうか、当時私が勤めていたコンサルティング会社に就職活動で来られた彼を面接したことが、最初の出会いでした。グループ面接の自己紹介で遠間さんが発した第一声を聞き、思わず吹き出した記憶があります。落語家のような、そして妙に人懐っこい暖かなオーラを、ひょっとしたら私だけかもしれませんが受け取ったのです。もちろん、「採用！」を強く推し彼の入社が決まりました。</p>
<p>その会社では、直属の上司・部下になることはありませんでしたが、百貨店のアドバイスチームで一緒に仕事をしたり、青山の弾き語りスナック（笑）によく一緒したり、楽しい時間を過ごしたものです。</p>
<p>そんな遠間さんが、実家を継ぐために赤倉に戻りました。当時、そして今もかと思いますが、歴史のある赤倉温泉といえども旅館経営は決して楽ではなかったはずです。また赤倉という一大温泉地も集客も落ち始め、地域としての活性化も必要だったのではないでしょうか？私は、どうしても彼の様子が気にかかり、20年以上前から毎年、遠間旅館にスキーに通うようになりました。</p>
<p>そうこうしている間に、ある年「石渡さん！今度、温泉ソムリエという認定資格を普及していこうと思うんですよ！」とセミナー用の資料を見せてもらい、彼の思いを聞きました。正直、申し上げてコンサルタントとしてカリスマになれる一流の素質のあった遠間さんが、実家の温泉旅館でくすぶるのではないか？と、要らぬ心配を少しだけしていたのですが、彼の生き生きとした様子をみてすごく安心したものです。</p>
<p>あっという間に、温泉ソムリエは普及し、遠間さんの名は全国の温泉マニアの間では知らない人はいないところまで知れ渡ります。人を引き付ける頭の良さ、話し方、キャラクターでTVでもラジオでもプロ顔負けのトークを繰り広げ、温泉ソムリエの間ではカリスマとなりました。</p>
<p>今年も先週、遠間旅館にスキー仲間を引き連れお邪魔しお世話になりました。今年は大雪で毎日何回も雪掻きをしなければならず、彼も大変そうでした。またスキー大会の度に、コース係員や運営に携わなければなりません。フロントでお客様をテキパキさばいたり、様々な雑務をこなす。温泉ソムリエとしての顔ではなく、旅館の経営者として、時にオペレーターとして活躍しています。私はそういう日常の遠間さんの姿も好きです。温泉ソムリエとして東京やソムリエ仲間の間で、華やかな活動をしている彼も好きですが、雪深い老舗旅館の若旦那として、さり気なく仕事をしている彼もまた格好いいのです。</p>
<p>以前、彼と組んで全国の旅館経営のコンサルティングをやってみたいな・・・と思ったこともありました。たぶん、最強のタッグになるかもしれませんね（笑）。通年の集客の仕掛けや、個人リピーター顧客づくり、ファンづくり、オペレーションの活性などなど、おそらく彼の頭の中にはすでに答えがあるのだと思います。そして地域丸ごとの活性化の大きな仕掛けも必要でしょう。温泉ソムリエは、次にどのステージに飛んでいくのか？楽しみにしたいと思います。</p>
<p>その前に、まずは来月、再来月とスキーでお世話になるので、彼のこれからの進化や発展のための何か"お土産"を考え用意しなければ・・・（笑）。</p>]]></description>
            <link>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/2012/01/18/3015.php</link>
            <guid>http://www.quon.asia/yomimono/business/ishiwatari/2012/01/18/3015.php</guid>
            
            
            <pubDate>Wed, 18 Jan 2012 14:04:44 +0900</pubDate>
        </item>
        
    </channel>
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