QuonNet(クオンネット) まなぶ・つながる・はじまる・くおん




走るコンサルタント-東奔西走記

2015年3月30日 14:09

さらばQuonNet、お世話になりました

本コラム(ブログ)も3月で終了です。長い間、お世話になりました。2006年6月から9年目になりましたが、どちらかといえば「どうでもいいこと」をただ書き連ねてきたような気もします(笑)。おつき合いいただいた皆さまには感謝申し上げます。

2006年当時は学生の講義も3クラス受け持つようになって3年目、社会人講座は2000年からですから6年目だったでしょうか。QuonNetも当時はまだアクセス数も少なく、「大学発のSNS」としてスタートしたばかりだったのではないでしょうか。卒業生から在校生まで幅広く活用してもらいたい、という意図もあったはずです。私が聞いた話では、この4月から少し学生寄りにシフトしたコンテンツや活用場面にしていくということで、私はリストラ(笑)、いや卒業させていただくことになったようです。

4月からは「Quonb」(b はbusiness のb ですかね?念のためにQuonは校歌にある久遠ですよ・笑)

http://www.quonb.jp

という人材育成情報サイトでコラムを担当させていただくことになります。そこではネタは限られてしまうので、今までのように"どうでもいいこと"をつらつらと書けなくなります(涙)。何か枠をはめられるとぶち破って暴れたくなる私の本性が、どこまで抑えられるでしょうか?(笑)。まぁ、それはそれで、どこかで"走るコンサルタント"としてのブログを立ち上げようと思います。いつになるかわかりませんが・・・^^;

しばらくの間は、今までのブログも記事として見れるように残してもらえるようなので、お暇な折にまた訪問していただければ幸いです。長い間、ありがとうございました。

2015年3月27日 11:47

大塚家具のこと

最近までマスコミを賑わさせていた大塚家具の内紛について思うところを。世間では「親子喧嘩」に着目した取り上げ方が多かったわけですが、それはお茶の間ネタ的には面白かったとは思います。しかしそういうところにフォーカスするワイドショー的な取り上げ方に、やや辟易とした方も多かったのではないでしょうか?たぶん私もその一人です。これは「経営戦略の良し悪し」、「上場会社のガバナンスのあり方」を問うた経営問題です。家庭問題ではけっしてありません。

そんなこともわからずに、遮二無二「親子問題」として情に訴えるかの如く振る舞った会長とその奥方の滑稽さは、株主総会の場でも繰り広げられました。それを見た賢明な株主の選択肢は明らかだったと思われます。いくら大株主であっても、公開企業というのは企業統治とはいかなるものなのか、どう大株主として品位を持って振る舞うべきなのか、その程度のことは学んでおくべきでしょう。

会長が提案した高配当も、よく考えれば同族の皆さんたちがもっともメリットを享受するわけです。そんな目先の誘惑に誤魔化されずに、票を投じた一般株主の方々の理性と良識に敬意を表します。もちろん社長の経営戦略・方針がまったく正解なのか?という点にはまだまだ精査が必要かと思います。まだ株主総会が終わったばかりですが、前途多難な船出をしたことは間違いありません。

日本の消費者の間には、以前より格差が広まっていることは実感の通りです。これを肯定するか否かの議論はさておき、小売業のターゲティングは以前のように単純にはいかなくなっています。さらにセグメンテーションの難しさも手伝い、戦略的にどこを狙うのか?(どの土俵で戦うのか?)の検討が重要となっています。会長は明らかにニトリやイケアとは一線を画し、ライバルではない!と思っています。じつはこれは正しい戦略眼です。元々、戦う土俵が違うのですから。

では社長はどう考えているのか?カジュアルな路線を標榜して、さらに入りやすい店づくりを、と考えているわけです。高級路線を捨てるとは言っていません。また会長派が喧伝するようなニトリのようになるんだなどとも言っていません。ただ、カジュアルな路線といってもその中身は様々です。今後の店づくりや商品構成、販売方法など具体的な青写真はまだ不明です。

いずれにしても、家具という業種は小売業中でも実に難しい業種です。毎月・毎週、買うものではなく(購買頻度が低いと言います)、また実用的一辺倒(コモディティ)でもなく、しかし実際に使用するとその便利・不便が明確にわかる商材です。消費者のマインドやニーズ、そしてこれからはシーズにも目を向けて、メーカーを巻き込んだ商品開発や商品提案ができる家具屋さんが求められていくでしょう。そのプロセスで、例えばニトリのような低価格のものも必要なら、自店の大型店の中にテナントで入れてしまうくらいの大胆な戦略だって想定されます。

旧勢力・旧体制・旧手法から新たな道を模索する。そのためにも、老害になるような勢力は排除されるべきでしょう。それは政治の世界でも、学問や芸術の世界でも同じでは?もちろん、いいものは旧くても引き継ぐべきです。何も全否定するわけではありません。私も60を過ぎ、考えが凝り固まっているなと自分でも思う時もあります。歳だからというわけだけではないのでしょうが、"消えゆく老兵"としては気をつけたいところです。そんなことを考えながら、大塚家具騒動を見守っていました。

2015年3月20日 09:45

長商デパートのこと

長商とは長野商業高等学校のこと。この学校では「長商デパート」という全国の商業高校の間でも知られたイベントがあります。10月最後の終末3日間で行われたこの"実習"催事、何と90回目を迎えたといいます!私も長野で15歳まで過ごし、しかも母方の祖父はこの長商で国語の教師をしていたというのに、この伝統あるイベントのことを初めて知りました。もう私は信州人と言えないのかもしれません。軽くショックでした・・・

長商デパートの概要は、以下のURLでご参照ください。

http://choshodp.sakura.ne.jp/

長野商業高等学校のモットーである「士魂商才(心は高く身は低く)」は、実学を尊び、礼儀を重んずることであり、これを具現化しているのが伝統的行事「長商デパート」。長野商業高等学校の創業は1900年に遡ります。商業学習の実践的な活動として、すでに1901年に「長商デパート」の前身、第1回物品販売を開催し、1931年から模擬株式会社「長商デパート」を開催しています。 ついでに、野球部は甲子園へ11回出場(春3回、夏8回)し、最高戦績はベスト4という実績を残しています。

長野に母の終活で訪れていた際に、朝、ローカルTV局の放送を何気なく見ていたら、昨年秋の長商デパートを取り上げた番組が流れていました。引き込まれるように見入ってしまいました。鮮魚売場の主任の女子が、受験日程と重なりながらもリーダーシップを発揮していく姿、またそれをサポートする男子や他のメンバーの熱い思い。2日目に鮭が完売してしまい、最終日に向けて市場も休み。さてどうしようか?という中で、「何とか仕入先に掛け合ってきます!」と駆け出す男子担当者。軽食部に対する初日のお客様のクレーム・不評に責任を感じ落ち込むリーダーに、メンバーの後輩女子たちが涙を流しながら「私たちがもっとちゃんとやりますから、リーダーだけの責任ではありません!」と悔しがる姿などなど。歳を取り涙腺がすっかり弱くなっている私には、朝から目を腫らすには十分なコンテンツでした(笑)。まさに「単に販売の実習としてだけでなく、企画・実施・統制に至るまで、年間を通じた商業学習の実践の場」に相応しい実学教育のプログラムだと思います。

特に昨年は「サービス向上宣言」と銘打ち、2回のビジネスマナー研修で接客を学んで臨んだとのこと。チャンスがあればぜひ私もボランティアで「顧客志向のマーケティング」を教えたいと思いました(笑)。いずれにしてもこの長商デパートで経験した「実学」は、長商生にとって大きな経験と学びであるはずです。卒業後、実社会に出る子たちも多いのですが、下手に大学に行って堕落したり中途半端に知恵がつくより(大学生諸君には失礼な言い方かもしれませんがお許しください)、この経験を糧に社会でさらに実学に揉まれ、たくましく育っていく子たちの姿が想像できます。

実は長野ではすでに官民・学校が一体となり、全国高校生合同販売「デパートゆにっと」を過去2年間開催してきました。長商を中心とした長野県内の商業を学ぶ高校生が、自ら企画開発し た商品を「ながの東急百貨店」で販売するのですが、これを全国の同様な高校に呼びかけて開催。昨年の第2回目は8月に3日間実施されたようです。そのために合同学習会「マーケティング塾」において商品の企画や流通、プロモーションなどの商業の実践的 な学習を重ね準備を進めた模様です。第2回目の昨年は北海道から鳥取県まで全国の各地域で商品を開発、販売している12校の高校生と合同販売を行ったと聞いています。昔、教育県と言われた長野県の面目躍如といったところでしょうか。以下のポスターをご参考までに

http://www.oishii-shinshu.net/img/event/data/02_depart-unit.jpg

ところで、「長商デパート」、いったいどのくらいの売上が上がったのでしょうか?記憶は曖昧ですが、たしか3日間の売上3千数百万円、延べ来場者1万7千人くらいだったと思います。今年の秋は実際にこの目で「長商デパート」に出かけ、私自身ももっと学びを得てみたいと思いました。

2015年3月12日 21:32

サービス付き高齢者向け住宅とは?

3月1日、母が「サービス付き高齢者向け住宅」(略してサ高住)に転居しました。介護施設ではなく、老人ホームでもなく、何と言ったらよいのでしょう。例えて言えば、学生寮があるように「老人寮」といった感じでしょうか?

俄か勉強ですが、この「サ高住」は自立者から要支援はもちろん要介護者までが受け入れ対象の高齢者向け賃貸住宅です。安否確認や生活相談などのサービスを提供する、バリアフリー構造の賃貸住宅を指します。そして介護がいよいよ必要となった場合は、外部の介護サービスが利用可能であり、これが「特定施設」の場合は内部スタッフが提供できるとされています。入居は60歳から。つまり、もし私が天涯孤独の身の上になったらそこに入居できるのです(笑)。

少し高齢者向けの施設について、私が学んだことをお知らせしたいと思います。まず大きくジャンルは6つくらいに分かれるようです。

1.高齢者向け賃貸住宅
2.有料老人ホーム
3.老人福祉施設
4.介護保険施設・老人保健施設
5.グループホーム
6.社会福祉施設

母が転居した「サ高住」は1.の高齢者向け賃貸住宅になります。この公共版が「シルバーハウジング」というようです。基本はあくまでも賃貸住宅であり、施設ではないことでしょうか。外出も行き先を告げていけば自由にできます。母の住まいも月々の家賃が55,000円、共益費が17,000円、管理費(提供サービスの対価)が23,000円、計95,000円という内訳です。これに例えば夕食を頼むと1食600円、というように有料サービスが加算されていく計算です。母の部屋にはIH型のミニキッチンやトイレは完備されています。お風呂は居住者専用のバスルームが2つあり、いつでも入浴可能になっていますし、洗濯スペースも共同ですが乾燥機付きの洗濯機が完備されています。母は今は夕食のみを頼んで、朝昼食はボケの進行防止にと何か作って食べるようにさせています。また管理費というのが、状況把握(見守り)や生活相談等のサービスの対価になります。実際、夜は3時間ごとに見回りをしてくれて安否を確認したり、入浴前にはバイタルチェックをしてくれたり、その他1回200円で足のマッサージをしてくれたり、病院の相談に乗ってくれたりしてくれます。23,000円が高いのか安いのかは、しばらく様子を見ないと判断できません。

これに対し2.の有料老人ホームは賃貸住宅ではありません。老人ホームには大きく3つのタイプがあります。「住宅型」、「介護付き」、「健康型」の3つです。健康型有料老人ホームは主に地方公共団体や社会福祉法人が運営しているケースが多く、基本は「自立」した老人向けホームです。また介護付きは要支援、要介護認定者しか入居はできません。

そして3.の「老人福祉施設」には「経費老人ホームA型」、「同B型」、ケアハウスの3種類に大別されます。このジャンルは「家庭環境や住宅環境などの理由に於いて生活をすることが困難な方」が対象です。B型というのは「自立」のみで原則自炊できる方が対象です。基本は低額な料金で食事など基本的な日常生活をサポートします。

よく耳にする「特養」。これは「4.介護保険施設・老人保健施設」の一つです。このグループは自宅での生活に支障がある方や常に介護が必要な方を対象に、生活支援や介護サービスを提供する施設です。あとの2つに関しては説明を省かせていただきます。

まさに高齢化社会が進行する中で、いろいろな高齢者向け住宅やサービス、介護施設等々があることが、母の終活を通じてわかりました。いずれ近いうちに私もこれらのどこかにお世話になることになるはずです。身体と頭が元気ならば「住宅型有料老人ホーム」がベターなのでしょうね。それに必要な元手と月々の出費に絶え得るくらいの貯蓄はしておかなければなりません。しかも今のところ2人分は・・・(笑)。

さて、母の新居は長野市篠ノ井という郊外住宅地の中にあります。ワンルームの賃貸アパートをイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれません。でも部屋を出て廊下を進むと食堂があります。朝・昼・夕の他に3時のおやつタイムにはそこに住む高齢者が集まります。母は夕食とお茶だけですが、96歳の矍鑠としたおばあちゃんと仲良くなったようです。外出時はこの共有スペースの食堂の前のエレベーターで1階に降り、玄関から出ていきます。共有スペースには誰かしら職員の方が居て、見守ってくれています。隣のマンションの1階はセブンイレブンがあります。歩いて数分のところにはAコープや大型ドラッグストアがあるので、散歩がてら買い物にも行くようになってくれるといいのですが。

一先ず、安心して生活を送れる環境を何とか整え終わりました。もちろん、痴呆は進行を止められません。一人ではできないことが増え、いわゆる見当識障害もいろいろな場面で出てきています。でも、徘徊や行き倒れ、孤独死、火の不始末、犯罪に巻き込まれる等の不安や心配は軽減されました。この「安全で安心でき、健康的な生活を送れる環境整備」だけは何とかできました。私はこれを母の終活の第1ステージと呼んでいます。そして、これからは第2ステージが開始です。

来月以降に健康診断と認知症の検査を受けさせようと思っています。元気で長生きしてもらうために何が必要なのか?認知症の進行を少しでも遅らせる療法があるなら、それを試さない手はありません。また、栄養の偏りや病気の可能性についても、早い内にその芽を摘むことが肝要です。母が最近よく口にすること、「○○君(孫で弟の長男)の結婚式に出たい・・・」。何とかそれを実現させるためにも、第2ステージ「健康を維持する」をしっかりサポートしようと思います。まだ他に2人の孫もいるのですが、彼らの結婚式出席はちょっと無理かもしれません(笑)。

まだまだ母の終活は続きます。それは、自分自身の近い将来のための学びの場でもあるのです。

2015年3月 3日 09:36

私の就活、そしてコンサルティングという仕事(3)

自分のやりたいこと・仕事など考えもせずにコンサルティング業界に身を投じ、気がついたらそれが「天職」になっていた私も、40歳を過ぎ船井総研の経営にも携わる立場になっていました。40代前半には小さな会社ですが上場企業の取締役の経験もさせてもらいました。そのまま在席していれば今頃はハッピーリタイアでもしていたのでしょうか(笑)。

しかし同時に何か物足りなさも感じ始めていました。私の単価も高くなり、現場に出る機会が限定されるようにもなっていました。コンサルティングの学びとは現場に出ないと面白くないのです。地位とか名誉とかコンサルティング現場には関係ないのです。そんなことを悩み始めたとき、外資系の会計事務所のコンサルティングファームからお声をかけていただきました。実はその前からお誘いを受けいたのですが、自分が育った船井総研への愛着や部下・後輩たちの行く末を考えるとなかなか決断できないでいたのです。

そんなときに思い起こしたのが「天職」のこと。「新しいことを学べるこの職業が好きなのでは?日々成長していく自分の姿を思い描け!」と自問自答。もう迷いはありませんでした。23年間お世話になった船井総研を45歳で離れることを決めました。転職ではありません。「職業」は変えませんから(笑)。職業は英語ではProfessionとも言うようです。これを私は「何かでプロになる、プロの業を持つ」ことだと解釈しています。「天が与えてくれたギフト」と言ってもいいでしょう。45歳の時にそれを追い求めようと思ったのかもしれません。少し遅い旅立ちでした。

それから外資系で5年弱、その後は戦略系コンサルティングファームで3年余、53歳までコンサルとしては老体でしたが、身体に鞭を打ち走り続けました。毎日が新たな学びとスキルアップの機会でもあり、何度も能力の限界も感じました。そして何となく自分のProfessionが見え始めてきました。それはまだ胸に秘めておきます(笑)。なぜなら60歳過ぎても未だ現役として走り続けているからです。まだまだ毎日が学びで、日々成長・向上したいと思っているからです。

稼ぎは50歳をピークに下降線をたどっていますが(笑)、サラリーマンと違って定年もなく(その代わり退職金もありませんが!)、頑張ろうと思えば死ぬまで働けるわけです。50代半ばの頃に収入が激減し、1年間ほど月々の生活資金にも困ったときもあります。外資系情報システムコンサル会社に正規に雇われたこともありますが、体質的について行けず精神的に追い込まれたこともありました。それでもまだ知らないことはたくさんあり、新しい経験もしたいと思っています。学ぶことに飽き、もっと成長したい!と思わなくなったら、その時が引退だと決めています。さて、もうじき62歳ですが引退はいつになるのでしょうか?

コンサルティングと言う仕事は「虚業」です。自分が作った製品や目に見えるようなモノ・コトで評価される「実業」ではありません。コンサル業界に入る若い人たちが、途中で実業界に転身していく気持ちはよくわかります。それなら早い方がいいでしょう。遅くとも30代半ばまでには転身すべきかもしれません。一方でコンサル業界を渡り歩く優秀な頭脳を持つ人もいます。そして最後は本を出し、評論家や大学教授に転身していく。こんなパターンもあるのでしょう。私は現場を持つコンサルは"黒子"であるべきだという持論を持っています。けっして名を売ってはいけない。無名であるべきだと思っています。本を出した瞬間、現場のコンサルからは足を洗うべきでしょう。

私は虚業が嫌ではありません。むしろ好きです。そこに私のProfessionのヒントがあります。さて、明日はまたどんな仕事や現場が待ってくれているのでしょうか?身体は老いてきましたが、心はまだワクワクし続けたいと思います。「楽しくなければ仕事じゃない!」。そんな境地に達したいものです。
プロフィール
石渡 明
石渡 明
1977年、早稲田大学法学部卒業後、㈱船井総合研究所、アンダーセン、㈱コーポレイトディレクション(CDI)などで経営コンサルティングに携わる。現在、㈲ブレインアソシエイツ代表。流通・サービス業を中心に事業戦略、マーケティング戦略、マネジメント戦略等の設計・展開策立案、事業・組織の活性・再生を支援。現在、早稲田大学、早稲田オープンカレッジ、企業研修講師としても活躍中。
月別アーカイブ
2015年3月
2015年2月
2015年1月
2014年12月
2014年11月
2014年10月
2014年9月
2014年8月
2014年7月
2014年6月
2014年5月
2014年4月
2014年3月
2014年2月
2014年1月
2013年12月
2013年11月
2013年10月
2013年9月
2013年8月
2013年7月
2013年6月
2013年5月
2013年4月
2013年3月
2013年2月
2013年1月
2012年12月
2012年11月
2012年10月
2012年9月
2012年8月
2012年7月
2012年6月
2012年5月
2012年4月
2012年3月
2012年2月
2012年1月
2011年12月
2011年11月
2011年10月
2011年9月
2011年8月
2011年7月
2011年6月
2011年5月
2011年4月
2011年3月
2011年2月
2011年1月
2010年12月
2010年11月
2010年10月
2010年9月
2010年8月
2010年7月
2010年6月
2010年5月
2010年4月
2010年3月
2010年2月
2010年1月
2009年12月
2009年11月
2009年10月
2009年9月
2009年8月
2009年7月
2009年6月
2009年5月
2009年4月
2009年3月
2009年2月
2009年1月
2008年12月
2008年11月
2008年10月
2008年9月
2008年8月
2008年7月
2008年6月
2008年5月
2008年4月
2008年3月
2008年2月
2008年1月
2007年12月
2007年11月
2007年10月
2007年9月
2007年8月
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月
2007年2月
2007年1月
2006年12月
2006年11月
2006年10月
2006年9月
2006年8月
2006年7月
2006年6月

ページトップへ

カレンダー
<< 2016年02月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29          
最新記事
さらばQuonNet、お世話になりました
大塚家具のこと
長商デパートのこと
サービス付き高齢者向け住宅とは?
私の就活、そしてコンサルティングという仕事(3)
最新コメント
石渡明さん、お元気で...
Posted by 北村三郎
chintaroさん、コメン...
Posted by 走るコンサルタント
おっしゃる通り! 福士の...
Posted by chintaro
「モノ言うマジョリテ...
Posted by 迂叟
先生、sakuraさん、ご...
Posted by オカちゃん
最新トラックバック
知らなかったではすまない
from 哲学はなぜ間違うのか
思わずクリックしちゃうタイトル
from QuonNet研究所