
2012年5月16日 12:18
フランスの総選挙でホランド大統領が決定した日にパリから成田に戻ってきた鈴木有香です。「久しぶりのヨーロッパ滞在で五感を通じ、異文化に接し、自分の日常生活を新たな観点から見直すきっかけになっている・・・・」などと書くと、上から目線ポイですが、おフランスで考えたことをつらつら紹介します。
「♪パヤパ~、パッパラ~」という甘い女声のコーラスの後に、何がくると思いますか?もう、このフレーズは昭和の深夜番組の基本「11PM」に出てくるような感じなんですが・・・・。
答えは「鉄道の構内、車内のアナウンス」です。夜だけでなく、早朝でもそうです。通常、日本の鉄道関係ですと、何の音楽も流れませんし、東海道新幹線ではせいぜい健全な「いい日旅立ち」のメロディーがデジタル音で流れる程度ですが、おフランスは甘い「♪パヤパ~、パッパラ~」です。思わず、腰砕けになりそうなところに「電車は15分遅れます。メルシー。」みたいなアナウンスが続きます。超特急のTGVですら、軽く遅れ、時間通りという期待は軽く裏切られます。それでも、人々はそれを見越して、イライラせずに、時間をつぶす(というか、使っている)ところがまたオシャレに見えるのです。
多分、日本でこの「♪パヤパ~、パッパラ~」がアナウンスや電車が出るときのチャイムに使われたなら、「不真面目」、「不謹慎」とかいう苦情が来るのではと思われます。そこに、何か日本が大切にする価値観とフランスの異なる価値観が潜んでいる気がしました。
4月末のパリはどんよりと曇り、ときおり霧雨も降り、寒く人々はみんな黒いコートやダウンジャケットを羽織っていました。しかも、博物館を見学に来ている小学生の集団までほとんど黒一色の私服だったので、びっくりしました。全体的に目に入るファッションは「カワイイ」というより「シック」、「大人」という感じでした。日本の女子大学生や女子アナが冬でもパステルカラー着用、フリフリな服など、「ちょっと、カワイイ、女の子」を演出しているのとは大きな違いでした。
紙面の都合で2例で、結論に持っていく強引さはご容赦いただくとして、日本はやはり「仕事」に対しては「真面目」であることをみんなが期待していると再確認しました。そして、女子のファッションは「女性はどんどんかわいく、幼さを残せ!」みたいな方向に動いているように感じています。
一方、フランスは「生真面目」よりは、「セクシーさ」というかちょっとした「艶」というか「小粋さ」を大切にしているように思われました。そして、ファッションからは「幼さ」よりは「大人らしさ」というものに価値があるように思われました。
そうした価値観の表れが、日常の車内放送、人々のファッションから垣間見られるように思いました。
2012年5月16日 11:42
すっかり半袖で心地よい季節になって喜んでいる鈴木有香です。そんなとき、「就職が決まりました!」というお礼メールが去年R大学で私の科目を受講していた学生さんから届きました。私はちょっとびっくりしました。私は非常勤講師で週1回しか会っていない、しかも私自身70名近くのクラスの学生の名前などほぼ覚えきれていないという希薄な人間関係なのに!
授業前の14時半にSさんは私に会いにきました。彼女は老人介護施設への就職が決まったそうです。このキャリアを選んだきっかけがどうも私の授業だったそうです。私はその大学で「多文化共生」という科目を教えています。内容は「文化の違いというのは国だけの違いではなく、人それぞれの持つ背景の違いである。学校文化、企業文化、女性の文化、身体の不自由な人の文化など、それぞれ自分の所属する集団に関係している。個々人の些細な違いを否定的に取らずに、あるがままに受け止めよう、そのためにはどうするべきか一緒に考えていこう!」みたいなことを映画を見たり、身体活動を入れたり、ディスカッションしたりといろいろな活動を通じて、学び合うようなクラスです。
日本社会を見ると、外国人差別もありますが、日本人同士の微細な差別の問題もあるので、ジェンダー、性的マイノリティー、身体の不自由な人などの問題も取り上げています。でも、差別や偏見の問題は自分自身の心の問題なので、学生ちゃんの心をドッキとさせる必要があります。
それで、身体の不自由な人の問題を取り上げたとき、脳性麻痺のお笑い芸人ホーキング青山のエッセイ「差別をしよう!」を取り入れ、昨年まで放映されていたNHKのバリアフリー・バラエティーなどを見せていました。通常、身体が健康と言われる人の心の不健康さが逆に浮き彫りになる視点がもりこまれています。
Sさんはもともと福祉に興味があったそうですが、職業としてどうするか考えあぐねていたところ、ホーキング青山の視点に興味を持ち、彼のお笑いライブなどに参加、そして、実際に体験してみようと、介護施設にボランティアに行き、手ごたえを感じ、介護ヘルパー2級の資格を3年生の時に取得したそうです。
「本当に先生の授業に後押しされたというか・・・・」と彼女は言ってくれますが、私自身が一人の人生に影響を与えるという例を間近に見て、教育職の重責を逆に考えさせられていました。
「でもさ、介護施設の離職率が高かったり、仕事が辛いという話はよく聞くけど、大丈夫?」と尋ねると、「そうなんですよ。きつくて低賃金でイメージよくないです。だから、私は介護の仕事を含め、福祉の仕事の地位の向上に貢献するようになっていきたいと考えているんです。」
私の心の声「おおおおお、業界を変革しようとする意志まで持ったSさん!すごい!R大の多くはリーダーになろうとかそういう野望を持つ学生が少ないのに!彼女、すごいぞ!」
出てきた私の言葉は、「素晴らしい!本当にすごいよ! 最初はつらいかもしれないけど、その意気込みを忘れないでね!3年くらい現場で学び、それをもとに、できるだけいい大学院に入って、高い専門性をつけてください。ある程度、地位をつかむことが業界の変革には役に立つだろうから!」
「はい!」とSさん。それから、少し彼女のプライベートな話になりました。授業で「男女のカテゴリー」の中間に属する人々の問題を学んで、ゲストスピーカーの人に会ったおかげで自分の性的嗜好に気付き、肯定的に自分として居心地のいい人たちに出会える場に行けるようにもなったとのことでした。
私の心の声「ひぇー、この分野は私より成長している! こういうのが出藍の誉れというやつでしょうか?」
2012年4月28日 07:18
バングラディッシュから以下のようなメールをもらい自分の無知さに気が付いた鈴木有香です。
「今日は金曜礼拝の日で、休日。土曜も休日。日曜は、未確認の理由で、ホテル待機になりそうです。サウナ風呂のように蒸し暑いダッカですが、久しぶりにこういうの良いですわ。」
休日は日曜日という常識は考えてみると、キリスト教文化圏の習慣から来たもので、そうでない文化圏ではけして共通ではないのかもしれないと思い直し、ちょっと調べてみるとイスラム教の安息日は金曜日とのことでした。そういえば、日本もご維新前は7曜日の感覚はなかったし、昭和のある時までは土曜日は半ドン(半日)で、土曜日休日が定着したのもここ20年くらいのことだったような・・・・。
暦や時間の感覚は国や地域によって違うということは、知識として知っていましたし、実際タイなどに行ったときも、待ち合わせの仕方というのが日本のように決して厳密にその時間を指すわけでもないことを体験していたのにもかかわらず、私の頭の中は「日曜日は世界的にお休みの日」と勝手に思い込むようにインプットされていたことに、改めて気が付いた次第でした。なんだか感受性が鈍ってきている自分を感じています。
そんなとき、研究する営業マンAさんと肉食ランチをしました。Aさんは企業研修をする会社を設立しながら、営業マンをしている腰の低い人ですが、学習意欲が非常に強い岐阜人です。驚くのはこの3月で二つ目の修士を終えたことです。ちなみに彼は40代でバリバリのビジネス・パーソンなんですが。しかも、今回の修士論文は100名の中で最優秀論文賞をいただいたということでした。論文の内容は中国における日中のビジネス・ピープルの営業、交渉ストラテジー比較をしたとのことです。しかも、彼の幅広い日中の営業人脈を生かし、中国に進出した日系企業のビジネスマンにインタビュー調査をしたり、上海で70人の中国ビジネス・パーソンにはアンケート調査をしたとのことです。こうした豊富な生の・リソースは社会人研究者ならではでしょう。
そんなAさんが「ご存知のとおり、中国は『関係』重視と贈り物文化なんですよ。ですからね、今の日本企業がコンプライアンス重視になってそれを中国で厳密に適用するとビジネスはうまくいかないんですよ。」と言ったことばに、私はまた自分が鈍感になっていたことに気が付きました。そう、欧米発祥の「コンプライアンス」概念が中国にダイレクトに通用しないんだよね。「正しさ」ですら、文化によって違うことの例なのに、すっかり「コンプライアンス=絶対的な正義」みたいに自分自身が受け止めがちであったことに気づかされました。
たしかに、最近は日本ではどこでも「コンプライアンス」ということが言われています。これは「法令を順守し、その法令の精神を実現するための意思であり、行動」というのが、「コンプライアンス」という概念を作り出している欧米の考え方です。でも、日本に輸入されると、「規則を守れ!」というマニュアル的なところだけが強調されているように見えます。どちらかといえば、「その規則を作り上げた背景的な意味、精神」までの実現までを考えてプロアクティブに行動している人は日本では少数でしょう。
こうした「規則を守りましょう。」レベルのコンプライアンス理解だと、中国文化、商習慣という欧米と根底的に異なる世界でのビジネスはうまくいかないのは当然でしょう。
欧米では「賄賂」といてしまうものが、中国ではお世話になった人へのねぎらい、その人の面子を保たせるためのものという理解になる場合、そのローカル事情に対してどんな柔軟な対処を許容できるかという匙加減が重要になってくるというのがAさんの話でした。
商売を成功させるために、中国的な義理、人情を尊重したがゆえに、日本の会社でのコンプライアンス違反になり、とかげのしっぽ切りで処分されるような不条理なことが起きないことを願うばかりです。また、ビジネスがグローバル化するなかで、欧米的な一律の基準だけでなく、各国の事情を加味した基準が作られていくことを望んだ次第です。
2012年4月21日 05:28
最近、「テルマエ ロマエ」という漫画にはまっている鈴木有香です。ローマ時代のローマ風呂設計技師ルシウスが、タイムトリップして現代の日本に来て、「平たい顔の民族(日本人)」のお風呂文化に学ぶというユニークかつ含蓄あり、かつ日本文化を外国人から見るという不思議な漫画です。それを読むとまた、ローマ時代(ハドリアヌス帝期)の風俗・習慣が学べて面白いのです。
例えば、ルシウスが日本の銭湯にタイム・スリップしてしまったとき、お風呂屋さんのプラスティックの黄色い桶を見ながらつぶやきます。「なんと鮮やかな色、そしてこの美しい円形がだせるとは・・・・この民族、ただものではない!」なんてローマ人技師の視点からのコメントが斬新です。
そして、銭湯の基本と言えば、大きな富士山の壁画です。湯につかりながら雄大な富士山と自然を眺めるのは至福の瞬間でしょう。でも、ルシウスの場合は「風呂に壁画!ローマの風呂には彫刻しかなかった。」という気づきになり、そのコメントが日本人の私には「お風呂に壁画」という組み合わせは日本的な発想なんだと知ることになります。そのくらい、無意識に銭湯に「富士山」というのは日常の光景なのでした。
そんなとき、グラナダの謎のイスラム風呂にもご一緒した友子さんに誘われ、「江の島スパ」に行きました。江の島の入り口に立つ一見ヨーロッパもどきの建物は後楽園ラクーアよりゴージャス感のある内装とともにワクワク感を高めます。大阪のスパワールドのほうがお風呂の種類は倍くらいありますが、そこは庶民的な気軽さがあります。
江の島スパは普通の男風呂、女風呂と仕切られたところもあるのですが、水着で入る男女一緒の温泉スペースもあります。そこの洞窟風呂が圧巻でした。洞窟風の暗がりの奥に海に面した長方形の大きな窓(ガラスなし)があります。そこに、ばっちり雄大な富士山と海が額にはまったかのように存在しているのです。
「おお、ナマ富士ぃ~!」
壁画ではない本当の富士山がハリーポッターの映画の中の動く絵のように眼前に広がっています。強風にあおられた波が飛沫をたて、砂浜や岩にあたっています。それはもう、葛飾北斎の世界が動いているような感じでした。
そんなに大きな富士山を日常で見ない場合、富士山というのはあくまで絵画や写真から見るものという変な習慣がついています。だから、本当の富士山をみて「ナマ富士」と感動してしまうのですが、本物よりコピーをそのものだと思う倒錯した状態にいるのが現代人なのかもしれません。
突然、大学時代「マスコミュニケーション論」の先生が「現代人は本物でなく、コピーを信じる。」というようなことを言ってたことを思い出しました。つまり、日常生活の多くのことは、自分が直接、見たり、聞いたりしたことではなく、媒体を通じたものや写真、コピーなど「非オリジナルなもの」から本物を知るということの問題を提起していたように思います。そして、そのうち、本物と偽物の区別がつかないことも起こるだろうという警鐘をこめていたコメントだったのです。
本当の富士山をみながら、私はどんだけメディアからの情報を信じ切ってしまっていいのか、もう一度反省しないとと思いました。少なくとも、ローマ時代は直接体験のほうが多かったのだと思います。
2012年4月21日 04:51
「ちょんまげプリン」という映画を見て感動している鈴木有香です。江戸時代のお侍さんが現代にタイム・スリップした話なのですが、日本語でかろうじて話が通じるものの、見るもの、聞くもの初めてのものばかりのモノに囲まれたお侍さんが現代生活に異文化適応するプロセスが上手に描かれています。上質なハートフル・コメディーと言えます。
でも、そんな映画を笑ってばかりはいられません。私自身がすでに現代の一般社会についていっていないと感じることがこの4月に何度もありました。そのうちのホーム・センターとI-Phoneの話をします。
私は車を運転できません。公共交通機関の発達した都心においては、車がなくても生きていけるから、そのままやり過ごしていました。活気ある商店街のある街に引っ越したので、とりあえず、車なくてもいいじゃん!って気持ちが強まっていた矢先です。友人の車にのせてもらい、郊外のホームセンターめぐりをしました。郊外のディスカウント・ストアーの広さに驚き、「ああ、クローガーやホーム・ディポ(アメリカの郊外のディスカウント・ストア)が日本でこんな形になっているんだ!」と今頃思っていました。さらに、値段を見てびっくり、頑丈そうなかわいいマグカップが198円、パジャマは1500円以下で打っているし、ジャージのズボンは500円でした。
「有香・・・・、今頃、デフレを実感しているんでしょ!」と友人に言われました。
「うん、吉祥寺―田端間のJRが私が大学生だったころと20円しかちがわないとか、モノの値段が20年くらい変わっていないなと思うことはあったけど、ジャージ500円は20年前だってなかったよねぇ。」
多くの人の賃金も目減りしている中で、安いところを探せば安いモノはある、でも、そのアクセスには車が必要・・・・。というか、私は車を使った生活を知らない昭和の人間だったということを実感した日曜日でした。
そして、水曜日にはついに私の携帯電話が臨終を迎え、新しい携帯電話購入を思案しました。私の周囲の仕事できるふうの30代ビジネスピープルはほぼスマホです。しかも、I-Phoneを使っている人が多いです。ちょっと、前にようやく携帯電話でメールが打てるようになったと喜んでいた私がI-Phoneを使えるのだろうか?ボタンもないし・・・。でも、世の中はスマホに移動している。この機を逃したら、たぶんスマホを学習する機会を逸すると自らを奮い立たせて購入しました。
1日目はタッチパネルのボタンを押すだけで、イライラしどうしでした。しかも、前のアドレス帳を移し替えるには新しいアプリをダウンロードしなければならない。そのためには、様々な番号を入手し、暗証番号を使わなければならない。自分の脳内に新しいツールを使いこなせる基礎的システムができていないので、もう頭がパンク状態でした。適応障害になりそうです。
幸い友人がメールで相談にのってくれたり、I-Phone初Skype電話をバングラディッシュからかけてくれたりと暖かい支援の中でなんとか努力が継続しています。そういえば、携帯メールを覚えたのも、そのころ仲よくしていた男子のおかげだったなーとか・・・・、思い出す始末ですが。
やはり、異文化適応で一番必要なのは本人の努力を暖かくサポートし、応援してくれる友人なんだと思います。