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鈴木亜紀子(平18商)「行政書士という道を選んだ理由」

岐阜県の多治見市というところで開業しております鈴木亜紀子と申します。

 私は学生時代、応援部に所属しており神宮球場に学生を集めるための活動をしておりました。その活動の中で、早稲田のまち全体で神宮球場を盛り上げていくべく、商店街の店主さんたちと関わってきました。二十歳ソコソコの世間知らずの学生がやってきても、馬鹿にすることなく話を聞いてくださり、叱咤激励してくださった商店街の店主さんたちからは、多くのことを学びました。

 その体験から、「経営者は面白い」と感じるようになりました。また、「このお店がここに存在すること自体に、何か大きな価値があるのではないか」と考えるようになりました。「経営者に会えるから」「事業のサポートができるから」との理由で、卒業後は銀行に就職しました。

 配属は都内の店舗でしたが、結婚で四国に行くことを決め、銀行を退職するとき、人事担当者にこう言われました。「今ここで馬をおりたら、もう一生馬には乗れないぞ」と。

 そのときの私は「結婚して女の人生を生きるので大丈夫です」などと答えたような気がしますが、そこから数年後、結婚生活も終わりました。

 幼子を抱え、娘と自分のこれからを思い、就職することも頭をよぎりましたが、「私も経営者になろう」と決めました。ヒトもモノもカネも持ち合わせていない私が経営者になれるチャンスです。「面白い方」に入れるチャンスです。これを活かさない手はありません。

 それに行政書士になれば、銀行の看板がなくても経営者と関わることができます。事業のサポートもできます。都市銀行と田舎の行政書士では見える景色は違うかもしれませんが、あのとき降りた馬にまた乗れると考えました。

 「行政書士で食っていくなんて、できるわけないだろう」そんな言葉も受けました。でも、その発言にどれだけの根拠があるというのでしょう。「他の誰か」ができなかったとしても、「私が」できなかったわけではありません。「私が」できるかできないかは、「私が」決めます。他の誰でもありません。

 こうして私は行政書士として生きていくことにしました。

 現在では事業許可の他に、子連れ離婚をする女性のサポートに力を注いでいます。実際に経験した私だからこそできることがあると自負しております。自分の離婚経験が生きるというのもこの仕事だからこそ。人に涙を流してお礼を言われるのも、この仕事だからこそです。

 こうして行政書士を選んだ私の選択は間違っていなかったと確信しています。

 (「離婚」という、世間では「マイナス」「逆境」として捉えられがちなことを「勲章」として自分の生きる糧にできるのは、ワセジョの力でもありますよね。)

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行政書士稲門会

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