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鶴見線で京浜工業地帯を訪ねる(第18回歴史散策同好会)

  • 歴史散策同好会
  • ゲストユーザーまで公開
  • カンジチョウ
  • 2016年12月09日11時46分
  平成28年11月27日(日)に「鶴見線で京浜工業地帯を訪ねる」と題して行った。
 当日は午後から雨が降る予報であったが、幸い集合時間の13時には薄日もさす中、JR京浜東北線鶴見駅西口階段下に参加予定の16名が集合。先ずは徒歩で曹洞宗大本山の総持寺へと向かう。50万㎡という広大な敷地に多くの堂塔伽藍が配置されている。三門を通り向唐門をくぐって仏殿へとまっすぐ進む中雀門は閉まっているので右側の金鶏門から中に入り読経の声に誘われるように仏殿の右に建つ大租堂へ。中では法事が行われていたようなので、静かにその様子を見ながら参拝をする。仏殿は中に入れないので外から見て通り過ぎ、裏手にある墓地へと向かう。ここには浅野総一郎、芦田均、川上音二郎・貞奴、清浦圭吾、黛敏郎など著名人が埋葬されているが、なんといってもその代表は石原裕次郎である。所々に設置されている案内に従って行くとそのお墓は真新しい花とまだ煙を上げているお線香に包まれていた。しばし裕次郎を偲んだ後、墓地を出て仏光閣や大梵鐘等を見ながら総持寺を後にして鶴見線の国道駅に向かう。
 鶴見線は大正15年に鶴見臨港鉄道が浜川崎・弁天橋間と大川支線分岐点・大川駅間に貨物線として開業したのが始まりで、その後旅客用にも使われるようになり、何度かの延伸・電化などが行われ、昭和18年に国有化されて現在に至っている。国道駅はそんな鶴見線が鶴見駅を出て国道1号線と立体交差する高架橋の上にあり、駅の下は昔飲み屋街として賑わっていたようだが今は2,3軒を除いて閉店している。平日でも日中は本数が少ないのに日曜日はさらに本数が少なく、予定の電車までには40分も待つことに。ところが、国道駅のすぐそばに石野会長の幼馴染みの方天ぷら屋さんをされており、ご厚意で休憩をしながらビールやお茶でのどを潤す事が出来、参加者一同大感激、元気を取り戻して国道駅から海芝浦駅行きの電車に。車窓を流れる工場地帯を見ながら終点の海芝浦駅に到着。ここは東芝専用駅になっているために一般乗客は駅に隣接して解放されている小公園以外は外に出る事が出来ないが、そこからは首都高湾岸線の鶴見つばさ橋が目の前に、その少し右手奥には横浜ベイブリッジを望むことができた。折り返しの電車で鶴見駅まで戻り、今度は同じ車両で扇町駅まで向かうことに。この時は鶴見駅から乗ってきたご婦人に「終点ですが降りなくてよろしいんですか?」と聞かれるハプニングもあったが、乗客が少ない線ゆえにトラブルになることもなく扇町駅へ出発した。今回は乗車しなかったが途中の安善駅から別れて大川駅に向かう支線もある。終点の扇町駅に到着する頃には少し雨が降り出したがバスで今日の懇親会場である焼肉屋「桜苑」へと向かった。
 懇親会には13名が参加。鶴見線の存在は知っていても乗ったこともないしこれからも乗る機会はないと思っていたという人や会社員時代に仕事で乗っていたので懐かしかったという人等今回の児玉幹事の企画に感謝しながら、美味しい焼肉と飲み物を楽しみながら色々な話に花を咲かせてあっという間に2時間の懇親会が終了し、お店のバスで川崎駅へと向かい散会となった。
 来年の春は横浜の「三溪園」を散策予定との発表があったので次回も多数の方の参加をお待ちしています。(越智威雄記)
<参加者>石野厚、稲葉茂、井上勝利、大江宏器、大槻俊一、越智威雄、児玉總一郎、島岡栄基、田中清司、綱川健一、能智和美、平沢和久、保科卓爾、細井肇、山吉新一、(ゲスト参加)杉山博
連絡先:幹事長 綱川健一
Mail:waseda@tsunakawa.jp

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